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中医火神派医案新選  その43

中医火神派医案新選
その43


13.胸痛――真武湯
  譚平瑞の母、左脇満痛を発症し、左脇に上衝し心部が破れんばかりの苦しみで耐えがたく、余の姓を名乗る医者がすでに二カ月余り治療した:用いた薬は香砂六君子湯で、70数剤を服用し温まらないことはなかったが、その病が酷くなることがあっても減ることはなかった。余が治療に招かれ:見ればその顔色は黄暗で唇は白、舌上の苔は滑、脈沈弦で遅、余は次のように判断した:これは寒水が権力を握っているのにちがいない。脈弦は水で沈は裏、遅は寒である。腎中の陽が水を主ることができなければ、すなわち陰寒が水を挟んで心部に迫った。直ちに加減をしない真武湯原方を定める。平端が云うには:“方中の各味はみな既に試した。”余は告げた:“試したって?諸薬は分けて別に用いたらそれは成方ではない、どうしてそれの効き目があるものか?この方名の真武とは、鎮水の神を意味するものから取られたもの。それ経方はかりそめにも症に対して能力があり、もともと太鼓のばちと太鼓の相応のように素早いものである。”
  翌朝に平端が来て告げた:“方を服用後熟睡できたが、これは前月からできなかったこと。今朝は痛みが何処へ消散してかわからない。凡そ70数日、治療の効果なかったものがある日突然粛清されてしまった!”そこで午後の往診を約束した。行ってみると患者は頭にちぢみ帯を巻いていて、余に告げるには:“脇痛はなくなったが、変わって破れんばかりの頭痛を感じる。”余は脈を診て云った:“是は元陽が虚損しているのだ。頭は諸陽の首であり、陽虚では頭頂まで貫くことができず、脳髄が空虚となったからだ。”改めて呉茱茰湯を用いると頭痛は癒えた。次の日また診察すると脈象は沈遅で全身の疼痛がある。桂枝新加湯を作りこれを服用させると身痛は止んだ。
  再診すると胃もたれの他には苦しいところが無いという。理中湯で理中健胃をしたいと思う。連続して10数剤服用しその後改善した。

  評注:鄭欽安は“邪は虚の所に秘かに発する”と論じている:“人は奉仕を以って生きることを知るべしさすれば死なず、この先天の一点真気を頼りにするのみ。真気はどこから衰えるか、内邪外邪が即ち秘かに発してここにある。治すにはただその真元を扶ければ、内外両邪はみな絶滅でき、治らないのは邪や実を治すことによって……これが要点をつかむ法なり”(《医理真伝・巻二》)。本案は初病が脇痛上攻で、診れば真陽虧虚であり、“陰寒が水を挟み心部に迫った”ことによるので、真武湯の原方を用いて効果を収める。並びに病が胸肋にあり肝経の薬を選ぶことにとらわれず、“治すにはただその真元を扶ける”の旨に随い、確かに扶陽の風格を顕している。続いての頭痛は即ち“真気がどの部分で衰え、内邪外邪がこの処で秘かに発生する”を以って拠り所とし、厥陰虚から邪が秘かに発生したところと判定し、故に呉茱茰湯を用いた、みな欽安心法である。
                                      続く



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by sinsendou | 2012-12-24 00:00 | 中医火神派医案新選①~

麗しの島 台湾旅行記 206 「九份 その5」

【九份】 その5

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by sinsendou | 2012-12-21 18:21 | 麗しの島 台湾①~487

中医火神派医案新選  その42

中医火神派医案新選
その42


11.久瘧を誤下し発狂――真武湯加桂枝・竜骨・牡蠣
  某人の姪、瘧疾を患い数カ月癒えず、涼薬を多服した。なお微熱、脚腫、耳聾、心悸、不眠、精神恍惚、胃気極めて弱く、手足無力などがあったが、この朝なおも甘遂等の攻薬を服した。
  余は真武湯加桂枝・竜牡の予定だったが、会った時にはすでに大攻の剤を服して、恐ろしい変化があることを知っていたので、明日この方を服させるように云いつけた。2時間後に患者は突然起き出し、寝ござを小脇に抱えて後門まで狂奔したが、門の先はすぐ海であった。その父は大変驚き急いで脇から助け寝床に連れ戻った。脈を診た当時手足はまだ動かすことができなかったが、今にわかに奔走したのは孤独な陽が浮越して、虚が極まって自らこの症状となった。その叔父が云うには:“先生が今までの方を服さないように命じたが、或は恐らくこれのせいだったのか?今このようなので、渡された方を素早く煎じてこれを服させた。”服用後十日以来なかった熟睡が数時間できた。目が覚めるとすぐ寒戦し布団をかけてまた寝た。翌朝さわやかに目覚めて自ら起き上がることができたが、この薬が寒気の力を駆逐したのである。この午後の検査で前方を再び服用し、さらに前後五六剤を連続服用すると脚腫は全て消え、諸病はけろりと治りかつ胃気は増大した。調養数日で精神も元の様に回復した。

  評注:瘧疾は“涼薬の多服”、かつ甘遂を与えて攻下するため、その寒化に負けて元陽は毀損を受け、“今にわかに奔走したのは孤独な陽が浮越したので、虚が極まって自らこの症状になった”。決して陽熱であることで狂躁にはならない。

  12.足心痛――真武湯
  竜田坊呉某、中年、足裏痛を患い地面を踏むことができない。顔色は白くまた唇舌も白い、食欲減少し度々の治療も効果なく、余が診療に赴くことで患者に花柳病を患ったことがあるのかと尋ねた。云うことには:以前花柳病を治療するため清涼敗毒剤を服用し、今は完全に治っている。余が云う:足心は涌泉穴であり、これは腎脈の発する源である。腎が負ければ即ち痛む、だから足を地につくことができないのだ。まず真武湯加茵蔯を以って、小便からその余邪を取り除かせる。続けて真武湯を以って10数剤連続服用し癒える。

  評注:考えた黎氏が病人に“花柳病を患ったことがあるか”と尋ねた意味は、足裏痛或は花柳病を患ったことを考慮し、これによって“以前花柳病の治療で清涼敗毒剤を服用”が判り、まさに “腎が負ければ即ち痛む”で 寒涼の誤用を悟った。“今は病気が治った”とはいえ、まだなお茵蔯を加え“その余邪を小便から取り除かせた”。
                                      続く



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by sinsendou | 2012-12-17 00:36 | 中医火神派医案新選①~

麗しの島 台湾旅行記 205 「九份 その4」

【九份】 その4

さあこれからいよいよ通りの中へ行ってみますが、入り口からすごい人だかりです。
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これは入り口近くにある看板です。
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美味しそうな匂いが、あちらこちらから漂ってきます。
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by sinsendou | 2012-12-13 18:24 | 麗しの島 台湾①~487

中医火神派医案新選  その41

中医火神派医案新選
その41



8.吐血――四逆湯合柏叶湯/ 柏叶湯加白朮・附子
  某店員、男、盆に満ちるほど吐血し、寝床から起き上がれず、少し動くだけでも目眩と出血して、脈微で絶えんばかり。これは出血過多であり、亡陰のため陽が付属するところがなく、亡陽が差し迫っている。急いで多量の四逆湯合柏叶湯を用い服用させた。翌朝には起き上がることができ、目眩は減って出血は止まった。三日目には外来診に来ることができ、再び柏叶湯加朮・附子を以って数剤で治った。

9.中寒嘔吐――附子理中湯/ 真武湯加減
  述圃園主人の子、腹痛を患い嘔吐が止まらず、食べると必ず吐き、ほとんど食道狭窄症になって百薬も効果なく、治療の施しようがなくすでに薬を止めてから10数日になる。ある人が余を病家に推薦し、病家の姑がこれを試そうと考えた。余は言った:“症状が大変でも治すことができる、ただ中寒と陽虚で寒が生じているのみ。病を治すのにもし分からない症なら、百薬を遍く試すといえども、どうして幸せの道理があろうか?”そこで附子理中湯を決め、2剤で吐き気は止まり、さらに呉茱茰を加えると胃の受納が段々と進んだ。その後は真武湯を主として加減し精神も機敏で賢くなった。合計薬を20数剤服用し虚弱が転じて丈夫になった。

10.下痢後体軟――桃仁承気湯/ 真武湯
  潘少乾(前述の下痢腹痛案の病人)、人は甚だ謙虚である。当然下痢を患ったのは余が挽回した後で、互いに行き来しない日はなかった。毎日文章を読んでいるらしく、また必ず仲景に帰依していた。医事で忙しかったので注視してあげる暇がなく、仕事をしたり休んだりしていて、それを遺憾に思っている。余は仲聖の門は甚だ入るのが容易くないと謂ったが、ただし寒熱虚実の四つに簡単な注意を加えれば殆どできるはずである。
  端午の節句の時に少乾は人を来させて、余は大症の概要を掴んでいて彼のことは大体判っているので、むやみにつまらない議論に参加する暇はないと思った。診察した者は彼の次男で、発熱が数日癒えず大便もない。最も不思議なことは、顔面にハンセン病様の膨疹が生じた。その人は素体が虚で、今また外邪に冒されたまま取り除かれておらず、純粋な攻法はとれない。桃核承気湯でこれを治すとするのは、覆われた太陽が治っていないし血分に帰しているので、借りざるを得ずこれが出路となるなり。服薬の翌日、血熱は直ぐに収まったが、ただ全身が軟弱で骨が無いように感じたので、方を改め真武湯を用いた。熱は悉く退き、数日で胃気増進し遂に癒えた。

  注釈:余は初め虚証を治そうと思い、あれは既に手がかりがあり、弁識できないということを知らず、依然として実証であった。つまり仲経の書を読まず、すなわち認証処方し、極めて把握していなかったことに気がついた。

  評注:火神派を学習し、陰陽両網を語る時に注意すべき二点がある:①表証を除外。表証がある時は当に先ず表を顧みるように、鄭氏は繰り返し“表証の無いものを調べる”ことを強調し、再び陰陽を弁じることがよろしい、所謂“内外の両法を決してごっちゃにするべからず”(《医法圓通》)。②実証は除外。即ち所謂“有余の症候”、飲食・気滞・血瘀・痰湿などの如くは当に実証に照らして処理し、一例の扶陽もできない。“胸腹肋背・腰肘股膝腫痛”各証を論治する時の如く、彼は云う:“各部の腫れと痛みや手を当てて嫌がる者或は発熱し、或は発熱なく悪寒し熱を喜び、舌黄・便赤、脈や息に神があり、ついに気血壅滞となったのはみな有余の症候で、活血・行気・清涼の品で宜しい”(《医理真伝・巻四》)。胃病の不食等多種雑病を論治する時に、鄭氏が繰り返し強調したのは、所謂“飲食積滞は、元通りにすっかり取り除くことを推し進めるよう対処する”(《医法圓通・巻四》)。
  要するに鄭氏が云うところは“内外虚実を調べ追求する”、“陰陽虚実・外感内傷の治療に応じて決まる”、これは厳密に完整された説法である。
  本案を黎氏が批評を加える:“弁識できないということを知らず、依然として実証であった。”この一点を説明した。
                                       続く



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by sinsendou | 2012-12-10 15:31 | 中医火神派医案新選①~

麗しの島 台湾旅行記 204 「九份 その3」

【九份】 その3

バスの中から撮影した『瑞芳火車站』(瑞芳駅)。
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台北駅から電車利用で九份へ行くときには、この駅まで電車で来てここからバスで一区間乗るのです。
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九份バス停。
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バス停からの眺め。
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by sinsendou | 2012-12-06 18:35 | 麗しの島 台湾①~487

中医火神派医案新選  その40

中医火神派医案新選
その40


5.吐痢厥逆――四逆湯/真武湯加桂枝
  某年軽盲の女が霍乱を患い、吐き下しをして往診時には、黄水を吐き衣服を湿らせていた;四肢厥逆し脈は微で今にも絶えんばかり、急いで四逆湯を投じた――この午後にその様なことがあった。夕方人が訪ねてきて云うことには:“吐き気が止まらず、ただ頭が微かに痛み身体には微熱もあり、薬性が熱すぎるのではないか?”余は云った:“違う、反って薬力の透達により、蓋をされた病勢が陰から陽出しているなり。”翌日精神はほぼ安定し理中湯を与え以って脾胃を温開する。また次の日に“立ち居振る舞いに力が入らない”と言ってきたので、真武湯加桂枝を以って処置をした。患者が云うには:服用した薬が腹に入った後、桂枝の気が直ぐに足の指まで達した。

  評注:鄭欽安は姜附を上手に使い、熱薬の反応に対して豊富な経験と深刻な体験があり、これもまた姜附を上手に使った重要体現である。“その中にはなお辛温回陽があり、なおかつ全身に反って大痛大熱が見られる者は、陰が内陥して陽運できそして外解するので半日で癒える。”本例は四逆湯を服した後“頭の微痛、身体に微熱あり”は、正に“陽薬が運行し、陰邪が化して去る”の反応で、“半日で癒える”のは当然で、本例は確実に“翌日精神はほぼ安定”し、鄭氏の言っていることは無駄ではないことを知るべし。

6.月経過多――四逆湯加祁艾・赤石脂
  医者の潘少乾は私の医学を最も信服しているが、その妻は常に月経過多を患って、頭眩と心悸し顔色は血の気がない。補気補血の薬を何回も服用するが効果がないので、余が往診を頼まれた。その診療所に行くと病人がすでに満員で、やっと上がることができて診察した。その脈は沈微で、先ず多量の四逆湯加祁艾と赤石脂を以って煎じた。数剤服用後月経は断ち始めた。続けて真武湯加祁艾を与えると、段々と強健に向かった。

  注釈:そもそも経方以って薬をかすめ取り、病に落ち込み始める瞬間に;姜附の峻剤が手の平を返すように痩せ衰えを回復するのは、長沙の技術を良く証明していて、体は実で用は玄でこのことは効き目があり、ひたすら大きな仕事をしたがって手柄をあげようとする策略ではない。邵餐芝が云うには:“婦人が病の後、脈弱ですなわち真武湯加薯蕷を用い、そのうち茯苓半夏はみな二両まで増やし、薯蕷は四両に増量、附子は五銭まで増やした。服用後眩暈が半日ほどに続いた。毎回多量の薬剤を飲まされ、見る者が固ずを呑むほどだが、しかしながらまた杯を重ねるほど効いた!余はしばしば経方の効用の神奇に感嘆する、どうして金元諸家とその呉下派が夢を見ることのできる万に一つの者であろうか?”この言葉はおそらく仲景を尊敬しない当時の医者の急所をつき、そして長沙の門がいやがり恐れる者であるという見方が変わり始め、時方を使わずに棄て去ることをしなくなった。

7.失血誤治――四逆湯/真武湯 
  陳村欧玉心の妻、誤って頭部をぶつけた僅かな傷も既に治った。ただ流血が多く、体気が強くないので胃気もまた弱い。どの医者も揃って隔靴掻痒の薬を以ってこれを与え、一日と日増しに酷くなった。六味地黄丸に清潤の品を加えて患者に与えた。その晩に頭眩と発汗、四肢厥逆した。真夜中になって余の診察を求め、何時死が訪れるかもしれない。訪れると床に寝かされ目は閉じ、新しい衣服で覆われ、周りには二十数人が寝台を取り囲み待っていた。余が診察をすると、脈は甚だ沈微で、その病変の理由を紙に書くよう求められた:“失血と誤治により陽虚となり、陽虚にさらに多くの陰薬を服用させたので陽脱に至った”などなど、筆を振って偽りなく二百数字を書き、方は四逆湯とした。 
  翌日再び往診すると、一家をあげて大喜びしていて、言うには:“病により寝込んで十数日、寝付くことができず、昨日薬を服用して直ぐに安眠ができた。今朝は一人で顔を洗い口をすすぐことができ、すなわちこれはあたかも仙丹の薬のようである、僅か三味を以ってどうしてか?”そこで再び真武湯或は理中加附子を与え、六七剤で行動することができた。当然余の医名は陳村では有名になった。
続く





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by sinsendou | 2012-12-03 00:29 | 中医火神派医案新選①~



「抗老化」いつまでも若くありたい。それを実現する漢方薬が「鹿茸大補湯」です。   毎週日曜日を定休日とさせていただきます。
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