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麗しの島 台湾旅行記 203 「九份 その2」

【九份】 その2
九份行きのバスの中
九份までは約1時間弱の旅。
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台北市内から出て少しの間は高速道路。
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途中から一般道路
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by sinsendou | 2012-11-30 14:20 | 麗しの島 台湾①~487

中医火神派医案新選  その39

中医火神派医案新選
その39


3.下痢腹痛――四逆湯
  医者の潘少乾は、日中多く水を飲んだためすでに数日大便がでない。寝て4時になり、大便が始めは硬くあとは溏となったが、かなり大便が出て気持ち良かった。その後続けて三四回下した。翌朝家へ帰ると診察で余を招いた。真武湯去芍薬加乾姜を以って与えたが、服薬後も下痢と腹痛は止まらない。午後に余は又往診した。多くの関連の医者立ちで客席はいっぱいだった。
  余と親しい者が静寂の中で問う:“病勢はどうですか?”余は言う:“君は私をとても信頼してくれている。よろしい今日の事で私がもし責を負わないとしても、すなわち誰も治せる人はいないのだ。前方が症に合わないのではなく、いかに一丈高くするか、それとも十丈以上高くするか!当に多量の猛薬を以って之を為せば必効あり。”遂に多量の四逆湯を以って主とした。患者は半信半疑で夜になるまでに薬はできていたが服用しなかった。余はまたその家で、頭に置かれた濃煎の薬1碗を見て、そして周りの人たちがとやかく言って意見が一つにまとまらないので、余は快く言った:“もし薬が合わなければ私が当にその咎を受けよう!”丁度議論している間にも、病人の手足は厥冷して歯を堅く閉じ、その妻はあわてて度を失いうろうろした。余は薬を少しずつ飲ませるように命じ、同時にそれを再び1剤煎じさせた。湯が出来上がらないうちに、病者のため息はまだだがしゃべれるようになった。しかし手足はまだ暖かくなく変わらない。余は続けてこの剤を飲ませ、同時にこげ飯茶を与えたが、病が思うようになるとは告げなかった。翌日理中湯加附子を用い、以ってその胃を開き一日中何事もなかった。
  次の日診察すると、夜半に病がぶり返したと謂われた。その妻が言うには:“晩になって口の渇きが我慢できなくなり、少しのお茶を与えたことが原因かしら?”そこで茶粥は厳禁としたら潘の病は癒えた。

  評注:扶陽という角度から見ると、真武湯の薬力は四逆湯には顕かに敵わない、黎氏は芍薬を去って乾姜を加えたけれども、なお四逆湯のように薬専力が大きくはないことを、この案はこの一点を証明した。黎案中を見ると真武湯より四逆湯のほうを以って服した者が多いこともまたこの点を証明した。

4.下痢――四逆湯
  譚某、絹布販売が仕事で仏山から田舎へ帰り、お茶を多く飲み夕食後も精神は正常であった。寝て午前2時になって下痢をした。明け方までに三四回下痢をしたので、急ぎ余が診察を頼まれた。左手脈を按じ終わらないうちに患者は我慢できずに厠へ駆け込んだ。握るとその六脈はみな沈で、大量の四逆湯を与え、続けて二剤を買うように言いつけたが、薬店は恐ろしく遠くにあって薬の購入は不便だった。翌朝、患者は自ら来診したが何の病状も無いようだった。云うところによれば:昨日薬の煎じが間に合わなく、吐き気がことのほか急で枕元に吐き、起き上がることができなかった。服薬後は熟睡できた。目が覚めるとまた具合が悪かったので二剤目を服用した。直ぐにこげ飯半腕を食べると、午後には吐き気も具合の悪さも治った。晩には焦げ飯1碗を食べいつもの様に安眠できた。霍乱証は人を最速で傷つけるが、善治に則っとればそれが癒えるのも速い。
                                       続く



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by sinsendou | 2012-11-27 00:40 | 中医火神派医案新選①~

中医火神派医案新選  その38

中医火神派医案新選
その38


六.黎庇留医案

  
  黎庇留(1846-1925)は広東順徳の生まれで、陳伯壜・易巨蓀・譚彤暉と一緒に経方研究で有名で広東の“四大金剛”と称せられ、附子を汎用して案中にはいつも“多くの人は、庇留は大剤が好きで熱薬も好きと謂う”、“好く熱薬を用いる”の語が見られる。1988年にある学者が次のように述べた:“近代は善く本品(附子を指す)を上手に使い、且つよくのみこんでいて非常に手馴れて有名で、当に呤南の黎庇留・陳伯壜と巴蜀劉民叔氏らが巨擘である”(《著名中医学家呉佩衡生誕百周年記念特集・張志遠文》)。黎庇留・陳伯壜が上手に附子を使った影響の広がりを知ることができる。古の名医何招奇先生は黎氏の医案に対して十分に賞賛をしている:“黎庇留先生は薬を果敢にしかも慎重に用い、学識と経験が具わった妥当緻密な者でなければこれを為すことができない。”著書に《傷寒論崇正篇》・《黎庇留経方医案》があり、本書に選んだ医案は即ち自ら出した後の書である。

1.下痢厥逆――四逆湯
  馮婦には一人の女子がいて8~9歳、掌中の珠のように寵愛していたが、下痢の証を患い日に日に重くなっていった。某名医のもとを尋ね普通の利湿止痢剤を以って処置するところを貴重な散薬を出してもらった。しかし服薬後、夕方になって四肢厥冷し、一向に治らないので床に寝かせた。
  その家族は雨の中、医者を呼びに行ったが酒で憂さ晴らしをして疲労困憊で頼りにならず、ちょうど余が酒屋で病人を診察していたので、そこで余に尋ねた:先生は小児も診らますか?余は答えた:医学は固有の分化なれども、理はすなわち一つなり。余は診療を請われ、診ればすなわち四逆証で、脈沈微かに絶えんばかり、手は肘まで冷え足も膝まで冷たい、四逆湯を以って与える。床の上に持ち上げるように言いつけ、注意深く薬を飲ませると、下痢は漸く減った。翌日再診しまた前薬を与えると、下痢は止まり冷えも癒え、五六日で元の様に回復した。

2.下痢――四逆湯/黄連阿膠湯
  馮某、 父子ともに肥料の捜取が生業である。その父の年は古希で、急に清殻下痢を患った。高姓の医に診療を請い数日治療した。高医はかねてから名が有名で、傷寒を熟読し用薬は大補大温の剤で、附子理中湯に更に帰耆の類を加えて用いた。服薬しても下痢は減らず、さらに四肢厥冷と無脈となり胃気も衰えた。余が診断して云った:証は誠に重篤で、ただし必ず下痢が止まった後に脈は漸く出始めるのが生理である。即ち四逆湯を用いて日夜連服させると、翌日下痢は止まったが脈はやはり出ていない。そこで原方に人参を加えて更に続けて服用させた。この日だいぶ食べられるようになった。次の朝診察すると脈は漸く巡り始めたが、生気はまだ出ていない。また診察時に昨夜は寝ることができなかったと謂われ、下から蓋をした後で心陰はすでに虚となっていて、心腎が相交わることができず、故に心煩が入眠を妨げられた、これで改め黄連阿膠湯を用いると1剤で直ぐに熟睡できた。

  注釈:この証は姜附を連用していたが、たちまち芩連に改めて、所謂帆は風向きに随う也。これに由って調養数日で回復を告げた。この七十老翁を以ってこの様な病の危機、しかし速やかなる効果を収めついにはまたこの様に、仲景の方をしっかりと深く知るのは簡単なことではないし、六経の法はすべて運用の妙だけである。

  評注:この案の清殻下痢は高医といえども“熟読傷寒”とし、薬は“附子理中湯に更に帰耆の類を加え以って”温補を用いたが、使うまえよりもよくなく、ただ“下痢は減らずさらに四肢厥逆と無脈、すでに胃気は敗れた”。欠陥は扶陽に参朮耆一類の補薬を以って挟んだことで発生した。鄭欽安は何度も警告した:“今の人はこの方(四逆湯)を知っているが、信頼は真実でなく認識が定かでないまま四逆湯を使っている、そしてまた参・帰・熟地を以って加え、せっかくの附子の回陽の力を束縛したため効果が現れない。病人達は死に医はなんともしようがない、自ら薬の差をなくすように使い、まだ本当の薬の使い方を知らないのだ”(《医理真伝・巻四》)。本案は即ち陰証で、黎氏はこの中の秘術を熟練して、単刀直入四逆湯を以って改めこの敗局を挽回した。
  患者は四逆湯を服用後、心煩不眠が出現し、黎氏は陰証の転陽と考えた。鄭欽安は“服薬の知るべきこと”で次のように言っている:“凡てこれら熱薬の服用は必ず全身を巡るように服さねばならず、腹中発熱で安らかな時が難しいなら1剤の滋陰を以って与える。これで全身の陰邪を取り去り真陽が回復する、即ち1剤の滋陰の品を以って与え、その斂を以って陽を回復させる陽得陰斂で、そして陽は拠り所があれば自然に互根相済となり、身体は健康で軽くなる”(《医法圓通・巻三》)。滋陰の具体的な方薬に至っては、鄭氏は提示してはいないが、唐歩祺先生の経験に拠ると黄連阿膠湯を用いるように奨めていて、黎氏のこの案は正にこの方を用いたのである。
                                         続く



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by sinsendou | 2012-11-21 00:02 | 中医火神派医案新選①~

麗しの島 台湾旅行記 202 「捷運忠孝復興站」

「捷運忠孝復興站」

モノレール線路の先に見えるのが、「捷運忠孝復興站」(モノレール忠孝復興駅)です。
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バス停の前には『上海点心 高記』という上海料理のお店があります。
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4~5人で2500元ですから、一人前で500~600元ぐらいでしょうか。
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by sinsendou | 2012-11-18 16:16 | 麗しの島 台湾①~487

中医火神派医案新選  その37

中医火神派医案新選
その37


3.子宮頚癌――附子理中湯加味
  王某、女、34歳、成都市在住。陰道の不規則出血で烏紅の血塊があり、腰及び下腹の脹痛が約半年、頭重と目のくらみや時として寒熱を発し、顔面及び全身の水腫、虚汗が出て食欲と睡眠はどちらもいつもの様でない。発病して既に9カ月、かつて四川医学院付属医院で診療を受け、診断は子宮頚癌二期であり、自覚される病勢は重くなり出血は止まらず、疼痛は激しくなり身体が更に支え難く感じたので、盧氏に治療を求めた。
  調べると瞼や顔面が浮腫み、皮膚は冷たく精神倦怠し声も出ない、喉からは痰水の音がして呼吸は喘促、四肢は力なく冷たい。尺脈は寸に接せず寸脈と関脈は通じず、六部はみな緩緊の象が現れている。飲食は下がらず疼痛忍び難く、睡眠不安はどれも下元の衰微であり、相火の治まる場所なく水泉が温まらない、気機が化さず冲任の阻塞となった。治法は用陽化陰に宜しく引陽交陰で、陰陽両相を融合させれば神志は自ら分明の時となる。
  第一回処方:制升麻18g、茅朮15g、小茴香18g、杜仲18g、補骨脂18g、朱茯神15g、当帰12g、炙甘草9g、生姜30g、灶心土1塊。服用後陰道からの出血は比較的少なくなったが、流血残渣は甚だ多く腹痛し、呼吸はまだ連続してできず痛みはやや我慢できるほどで小便は多い。
  第二回処方:制附子60g、白朮15g、制升麻15g、泡参18g、当帰15g、朱茯神15g、小茴香18g、益智仁15g、炙甘草9g、灶心土60g。服用後絞痛は以前より軽くなり、睡眠も取れるようになり、昨日は黒色の崩血が一回だけだった。
  第三回処方:制附子75g、白朮15g、当帰15g、党参18g、肉桂9g、朱茯神15g、砂仁12g、制升麻18g、炙甘草9g、灶心土60g。服用後流血は止まりただ黄水だけとなり、飲食は増加し精神も良好となって、腹痛もまた減った。
  第四回処方:制附子90g、白朮15g、砂仁12g、益智仁18g、小茴香18g、肉桂12g、朱茯神15g、淫羊藿24g、炙甘草9g、生姜60g。服用後腹腰のどちらも痛みはなくなり、食欲睡眠ともに改善し、口が乾き熱いお湯を飲みたがり、黄水も流れずただ時に白帯がある。
  第五回処方:制附子90g、白朮18g、砂仁15g、黄耆30g、当帰15g、補骨脂24g、朱茯神15g、肉桂15g、炙甘草9g、煨生姜90g。服用後精神は旺盛に転じ、食欲も睡眠も良くなったがまだ白帯だけが残った。
  第六回処方:制附子120g、白朮21g、砂仁15g、黄耆60g、当帰15g、補骨脂30g、益智仁24g、肉桂15g、炙甘草12g、煨乾姜105g。服用後飯量が大きく増え二便は正常となって、一切の症状がみな消失したので、継続してきた最後の薬方とする:
  制附子150g、白朮30g、砂仁18g、黄耆90g、肉桂24g、筠姜75g、益智仁60g、補骨脂60g、炙甘草15g。全部を合わせて細末とし、一日3回一回7.5gを水にて服用させる。

  評注:以上2案と第一例は治療理論や思考方法、文章の書き方など大体良く似ていて、みな“まず先に陰陽の道路を通す”、“然る後陽を用いて化陰の法”、用薬は例えば補腎薬の益智仁・淫羊藿など少し出入りはあるけれども、原則は変わっていない。ただ第二案はずっと韮菜10根を用いた。第二・第三案はどちらも黄耆等を用いた。細かく比較してみると、まだこの他に細微な加減があるが、読者が綿密なる研究をするがよい。
盧氏の結論:“臨床観察を通じて、我々は中医の用薬が整体から始まっていることを体感し、顕著な成功を獲得できた……用いた方法と薬物は、多くは気血強壮や健胃扶陽の類に属し、これらの方法と薬物を応用して全体の効能を調整し、病理で戦勝して獲得の成果を可能にした。”

                                        続く



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by sinsendou | 2012-11-15 00:09 | 中医火神派医案新選①~

麗しの島 台湾旅行記 201 「九份 その1」

【九份】(ジュウフェン) その1

今日は、『九份』へ行ってみたいと思います。

宿泊している『豪爵大飯店』は「松山北路」と「農安街」の交差点に近いところにあります。

そこで、「松山北路」と「民権東路」の交差点「民権松山路口」からバスに乗ってMRTの「捷運忠孝復興站」まで行きます。


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バス停の「民権松山路口」からは、685番のバスが「捷運忠孝復興站」まで行っています。「捷運忠孝復興站」までは8つ目です。
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685番のバスが来ました。

「捷運忠孝復興站」についたら、『九份』へ行くには反対側の車線から1062番のバスに乗ります。

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by sinsendou | 2012-11-12 13:44 | 麗しの島 台湾①~487

中医火神派医案新選  その36

中医火神派医案新選
その36



2.子宮頚癌――附子理中湯加味
  王某、女、40歳、成都市在住。月経錯乱で、時に白帯或は黄水、或いは清水、或いは瘀血、少腹内に包塊が幾つかあるのが判り、飲食睡眠とも異常で大便が閉塞したので、四川医学院付属医院に治療入院した。検査の結果子宮頚癌に繋がる患いと謂われ、気持ちが異常に落ち込んで疼痛が激しくなり、二度目のその医院で検査をした結果でも脹瘤に繋がる患いと謂われ、そこで退院し盧氏の治療を要請した。
  その顔色を診ると印堂と山根に青黒い凶相があり、これは生の者は生なく化の者は化のない印で、本当に今にも壊れそうで冲任が不調である。その脈を診ると両尺は沈滞、両関は緊縮、両寸は虚浮であり、証拠は初め月経期日が誤ってからその後遂にはその他の症状に変性し、飲食睡眠が摂れなくなったことを示し、病はほぼ一年となり現在は気が落ち込んで疼痛忍び難いほどである。
  以上の診断の根拠は、月経終了の際の経過から判るし、突破した寒湿と胞室の気凝が久しく解けず、段々に下元の虚冷を形成し陰陽も不分となり、以って気化不行が脾肝に伝及し、終には気の不統血や血の不栄内となって、且つ長期にわたる病は気血を大きく損なっている、これには扶正を主と為すが宜しく、正の回復をして邪を消せば瘀血は自ら化す、若し専ら瘀血を化そうとすれば、正は更に起きにくくなり邪は更に除き難くなる。
  第一回処方:制升麻12g、朱茯神15g、当帰12g、老蔲9g、砂仁9g、炙甘草6g、黒目耳9g、韮菜10根。服用後飲食は少し増し気墜はやや減ったが、唯依然として疼痛がある。
  第二回処方:制附子60g、白朮12g、党参18g、砂仁6g、朱茯神15g、炒酸棗仁12g、杜仲15g、炙甘草9g、韮菜10根、灶心土1塊。服用後飲食更に増え気墜疼痛はどちらも減った。
  第三回処方:制附子60g、朱茯神15g、砂仁12g、白朮12g、党参24g、当帰24g、炙甘草6g、生姜30g、韮菜10根.服用後病勢は更に減ったが、唯まだ白帯、或は黄水、或は清水がある。
  第四回処方:制附子60g、桂尖15g、淫羊藿30g、白朮12g、党参24g、砂仁12g、杜仲15g、益智仁15g、炙甘草6g、煨乾姜60g。服用後腹中の包塊の感覚が時にあったり時に無かったりして、白帯は少なくなった。
  第五回目処方:制附子75g、筠姜24g、杜仲30g、胡芦巴24g、砂仁12g、補骨脂18g、白朮15g、炙甘草9g、煨乾姜60g。服用後精神飲食共に前に比べて良くなり、腹も既に痛まず僅かに白帯があるだけとなった。
  第六回処方:制附子75g、白朮15g、党参24g、砂仁12g、当帰15g、肉蓯蓉15g、制黄耆18g、炙甘草9g、煨乾姜60g、韮菜10根。服用後その症状は消失した。
                                     続く




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by sinsendou | 2012-11-08 00:22 | 中医火神派医案新選①~

麗しの島 台湾旅行記 200 「日薬本舗」

【日薬本舗】
台湾は中国本土と比べてとても親日家が多く、日本の薬はとても人気があります。

半年前にはなかったのに、いつの間にか煌々とした明りが通りを照らしています。

店内には、よくコマーシャルされているようなナチュラルブランドの商品は所どころに少しみられるだけで、ほとんどがプライベートブランドの、いわゆる有名商品に似せて造られた商品がほとんどでした。


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「アリナエコEX」とは、たぶんアリナミンEXのプライベートブランドでしょう。
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by sinsendou | 2012-11-05 13:55 | 麗しの島 台湾①~487

中医火神派医案新選  その35

中医火神派医案新選
その35


五、盧鋳之医案

  盧鋳之(1876-1963)は名伯楽で、晩年は金寿老人と号された四川省の徳陽の人、鄭欽安の弟子として入室した。中医世家の生まれで、少年時代は義理の叔父顔竜臣に随って学問を学び医学を習った、“たちまち十年、学問は徐々に進みまた師の命を受けて蓉に赴き鄭欽安師からは用法や用方の奥儀を学び、三年にわたり親しく薫陶を受け聞いたことは必ず記録し、急に鄭師が他へ出かけた時は故郷へ帰るように命じられ、そこで百本の筆記を携えて顔師に言われるように移動した”(盧氏臨床実験録・自序)。光緒の終りの年に成都で開設した“養正医館”は正式に医を行った。鄭欽安の扶陽理念を継承発揚し、臨床経験は豊富で善く辛温重剤を用い、そして独自に一派を打ち立てて“盧火神”の誉れがある。建国後、かつて中共四川省委党校医院の招聘を受け、主任医師を任ぜられた。著書に《鄭欽安先生医書集注》・《金匱要略恒解》・《盧氏医学心法》・《盧氏臨床実験録》等があったが、惜しくも多くは散失した。盧氏の子の盧永定・孫の盧崇漢は皆その奥義を伝承し、姜附の扶陽を多く用いて、共に“盧火神”の名を高めた。

1.悪性子宮瘤――附子理中湯加味
  向某、女、27歳、成都市在住。1953年5月12日いつまでも月経が止まらず腹部脹痛して、食事と睡眠がとれなくなったので、四川医学院付属医院で治療を受けに行き、検査の結果悪性の子宮瘤であると云われた。ラジウム電波放射治療を用いたため、二便がこれに因って閉塞し通じなくなり、また洗腸法を用いてもなお二便は通じず、入院数カ月病勢は日に日に重くなり、遂には家へ帰っての養生となった。人の紹介で盧氏の治療を受ける。
  調べると顔色は艶が無く焦悴しきった様子で、事情を細かく問うと出産時に悪露が出尽くしておらずしかも房事を慎まなかったため、精と瘀が混ざって包まれ何時も隠痛がしてもう数年になる。脈を診ると両尺は堅沈で両関は緊急、両寸は浮空で顔色と事情とを照らし合わせると陽虚陰盛であり、冲任の気機が阻害されている。
  以上の根拠から診断は、先ず陰陽の道路を貫通させ脈道を通調させる、そのあと用陽化陰の法で陰凝を解けやすくさせれば、陽気は容易に巡る。
  第一回処方:制升麻12g、老蔲(帯殻)15g、西砂殻9g、茅朮9g、広紫苑15g、炙甘草6g、灶心土1塊。服用後ゲップが出て、小便は以前に比べて通利し、大便も一回出て食欲は少し増えた。
  第二回処方:制附子45g、朱茯神15g、老蔲(帯殻)15g、西砂殻12g、制升麻15g、炙甘草6g、葱白5茎。服用後飲食睡眠のどちらも前と比べて好くなり、二便は既に詰まった感じがなくなり、腹部の脹痛もやや減った。
  第三回処方:制附子60g、白朮12g、制升麻15g、杜仲18g、砂仁12g、朱茯神15g、党参15g、炙甘草6g、生姜30g。服用後腹の脹痛は更に減り食事睡眠とも改善した。
  第四回処方:制附子60g、白朮15g、肉桂9g、砂仁12g、筠姜18g、南藿香15g、党参18g、炙甘草6g、生姜30g。服用後瘀濁血塊を極めて多く下し、腹痛は大幅に減って歩くことができるようになった。
  第五回処方:制附子90g、砂仁18g、葫盧巴18g、杜仲30g、補骨脂18g、麒麟竭9g(冲服)、党参24g、制升麻15g、朱茯神15g、炙甘草9g、煨乾姜60g。
  服用後腹の脹痛はなくなって二便は正常となり、精神は伸びやかで心が愉快になって、その他の症状も全て消失した。

  評注:弁証は“陽虚陰盛”で当然扶陽するべきであるが、しかし“まず先に陰陽道路を貫通、脈道を通調させる”ことが必要で、第一回目の処方は砂蔲・升麻・茅朮の理気升降を以って選用し、重要なことは“陰陽の道路の貫通”で、これは盧氏の一つの重要な考え方である――扶陽の前に先ず郁滞を開通させ、“然るのち用陽化陰の法で陰凝を解けやすくさせれば陽気は容易に巡る”。
  第一の処方を除いた外、その余った処方はこんがらかっているようだが附子理中湯が中心であり、加えて杜仲・胡芦巴・補骨脂等の補腎の品を入れ、同時に多量の生姜・筠姜・煨乾姜等の異なった制法の諸姜を方に入れ用いている。
  この老師の用いる附子は45gから60g・90gと段々と増量し、別にいきなり大量を用いる訳ではない。その他の薬物も徐々に増量して、その案例すべてこの様な方法である。
  子宮癌瘤に関して盧氏は次のように述べている:“この病の原因は、多くは月経の期を間違えることに由来する。月経期の間違いの原因は甚だ複雑であり、月経期に六淫の撹乱で病となり、七情六欲の撹乱で病となり、飲食睡眠の不規則に因って病となり、男女の房事過多或は産後の悪露が出尽くしてないために病となり、病因は異なるといえども総じて月経期の間違いか避けることを知らず、防ぐことが面倒で病後に治療もせず、それが長引いて癥瘕痞塊を醸成した。それゆえ内では五臓六腑の相互不調と疼痛で苦しむ;外では筋骨肌肉が影響を受け徐々に焦悴し、更には営衛不和を兼ねて時には悪寒発熱の象がある。治療法は調和気血を以って応じ、その生化を助け陽をして化陰させ陰をして扶陽させ、即ち一切の陰凝を自然に消化する。”本例及び下の2例はみな盧氏が直筆で報告され手紙は本物である。
                                      続く



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by sinsendou | 2012-11-02 00:26 | 中医火神派医案新選①~



「抗老化」いつまでも若くありたい。それを実現する漢方薬が「鹿茸大補湯」です。   毎週日曜日を定休日とさせていただきます。
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たかがニキビされどニキビ①~⑤
アトピー・皮膚病①~⑱
蕁麻疹①~⑯
皮膚掻痒症①~⑥
掌蹠膿疱症①~⑦
こころの病①~⑮
高血圧①~⑨
慢性疲労①~⑲
不眠症①~⑪
めまい①~⑫
耳鳴り①~⑳
頭痛①~⑫
肩こり①~⑤
胸の痛みと心臓病①~⑮
胃腸病 ①~⑰
食欲不振①~⑬
胃の痛み①~⑱
胃のつかえ①~⑬
腹痛①~⑬
便秘①~⑧
身近な病気 下痢①~⑨
腰痛①~25
ひざの痛み①~⑪
痛風①~③
肥満①~④
腎の働きと病気①~⑱
こじらせると厄介な膀胱炎①~⑩
頻尿①~⑩
排尿困難①~⑦
相談しにくい夜尿症①~⑥
冷え性①~⑨
不妊①~⑧
子宝の知恵 ①~⑯
月経痛①~⑦
月経不順①~⑲
更年期障害①~⑮
からだと健康①~
中医火神派①~50
中医火神派医案新選①~
麗しの島 台湾①~487
北海道の旅①~40
京都の旅①~74
神戸の旅①~⑯
西九州浪漫紀行①~⑳
沖縄の旅①~40
ハワイ旅行①~45
大塚国際美術館
ぶらり横浜 ①~
鎌倉散歩①~⑬
青背魚精
深海鮫スクアレン
深海鮫スクアレンプラスDHA&EPA
養脳精
スーパーナットーゲン
プラゲンΣ 胎盤素
スーパー酵素113
おすすめの本①~
我が家の人気者①~
その他
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