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いきいき元気! 感謝!

カテゴリ:中医火神派①~50( 51 )

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その10

李老中医 危急重症難病治療経験
その10

 11月9日三回目の診察
 上方を9時に1回服用させるが、10時30分になってもまだ汗はない。服薬時間の短縮を命じ更に1服と、鮮生姜末・紅糖・胡椒粉の煮汁1杯で薬力を助けるために熱くして一緒に服用させる。昼ごろ頭部が汗ばみ、しばらくして首回りや胸背中に汗が出たので、元気を保護し固摂するように麻黄汁を去り余った薬液を熱くして服用させた。
 11月10日四回目の診察
 昨日の服薬後、閉じた表は開き肺気が宣発し、伏寒は外透、真陽が敷かれ背部の冷感及び全身の拘束感も緩解。上肢の厥冷もすでになくなり喉の痰鳴も消失、唇と指の色も淡紅に転じた。喘ぎも治まり激しい痙攣性の咳も二日の内に一二回ほどしか現れなかった。また肺は音声の門戸であり並びに水道の通調を主どるから、汗が出た後は声が出て声枯れも治る;小便は多くなり下肢浮腫もまた退いた。脈象は緩和され脈拍80回/分となる。あれほど頑固だった心臓衰弱及び呼吸衰枯の危機から解放された。表気が通い営衛も調和し、毎回の食事には必ず僅かに汗をかき全身がのびやかになる。二日後甚だ多くの痰を吐き、胸中の閉塞感が大変すっきりする。汗法が宣発を得て、また戻ってきた人体正気の助けがあり、肺絡の湿痰がより集まった死血が少しずつ外透していくきっかけとなっているのがわかる。ただ夜明け・午後・子の刻に背を突き刺す胸痛と胸中の閉塞感との絶え間ない発作がある。すなわち痰の巣が破れたといえどもまだ死血が消えるのは難しく、通じないとすなわち痛むのだ。仲景法に従い方を改め以下のごとく:

1.附子90g、炙甘草60g、生半夏・雲苓・鮮生姜各45g、栝楼30g、薤白15g、丹参45g、檀・降香各10g、砂仁5g、桃杏仁・霊脂各15g、山茱萸肉30g、細辛20g、乾姜・五味子・白芥子(炒研)各10g、百合・生山薬各30g、白酒100ml。
冷水2000mlを加え1時間浸し、とろ火で煮て450mlを取り一日3回に分けて服用。
2.大三七100g、高麗参100g、琥珀・霊脂・紫霊芝胞子粉・川貝・沈香・土元・水蛭・冬虫夏草・全蠍各30g、黄毛茸尖50g。
粉にして一日二回、一回3gを熱い黄酒にて飲み下す。
3.炮甲珠60g、麝香2g。
粉にして20に分包し、朝晩一方ずつ熱い黄酒にて飲み下す。

この後三回の診察を経て、湯薬40剤、散薬1料を服し諸症はみななくなり、体重も漸く元に戻った。厳しい冬を経ても喘咳は起きずまた感冒にも罹らなかった。翌年の春には夫に随い県外で経営している炭坑へ行き、飯炊き・洗濯・水汲みなどをこなし、すでに健常人と変わらなくなる。1999年4月偶然町で出会いすでに病もない状態であったが、体質を強固にするために散剤を再び半年服用するように云いつけた。残念なことに炭坑の倒産によって負債がかさみ願いがかなわなかった。その年の暮にその夫と会い、患者が7月にひどい病にかかって日夜吐き下しを30回余り、手当が及ばず亡くなったことを初めて知った。

近ごろ肺間質病を賢く治すには、多くは甘涼柔潤を主として養陰清肺し、枯れた肺葉を救っている。しかし本例の病人は純粋に沈寒痼冷で病機に違いがあり、自ら仲景の温養の法に随った。もう既に肺痿になっていると肺の津液は傷つき免れるのは難しい、故に百合・生山薬のような性が平の品を選び肺腎の陰を養う。まして四逆湯中の附子は味が辛だが潤し津液を送って気を化し通ずる薬で、腎中の五液が蒸騰敷布して陽を生じて陰を長ずる、これが即ち陽中求陰で生化無窮の理なり。もし徒に養陰清肺を以って事を成せば、即ち寒涼が中をやぶり肺陰は戻らず、まず脾陽が傷つき食は少なくなり便溏となる、土が金を生じないので生化の源が尽きれば反って敗亡を促すことになる。

本病は大虚大実であるから自ずと攻補併重となり、方の2~3は培元固本散変法に似させて、血肉有情の品や先天の腎気を峻補し、人体の免疫力を建て直すものとなった。方中の化瘀薬、化痰薬、虫類薬は本病の大実に対して急所を突いてはいるが完全に消滅させる特徴をもった攻撃でも難しい、しかし根本を固め正気を助け、浅いところから深いところへ繭から糸を紡ぐように、絡に入り悪いところを探してそぎ落とす化瘀散結の緩攻の法ならば正気を傷つけず邪を攻撃できる。とりわけ炮甲珠・麝香の対薬は穿透攻破が行き届き汚れを除き汚濁を化し、諸薬を引いて肺窮に直入して湿痰死血を清除する。諸薬相合して受損した肺の実質病変を修復し生き生きさせるらしい。

                                                 続く
by sinsendou | 2011-01-31 10:44 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その10

李老中医 危急重症難病治療経験
その10

 11月9日三回目の診察:
 上方を9時に1回服用させるが、10時30分になってもまだ汗はない。服薬時間の短縮を命じ更に1服と、鮮生姜末・紅糖・胡椒粉の煮汁1杯で薬力を助けるために熱くして一緒に服用させる。昼ごろ頭部が汗ばみ、しばらくして首回りや胸背中に汗が出たので、元気を保護し固摂するように麻黄汁を去り余った薬液を熱くして服用させた。
 
 11月10日四回目の診察:
 昨日の服薬後、閉じた表は開き肺気が宣発し、伏寒は外透、真陽が敷かれ背部の冷感及び全身の拘束感も緩解。上肢の厥冷もすでになくなり喉の痰鳴も消失、唇と指の色も淡紅に転じた。喘ぎも治まり激しい痙攣性の咳も二日の内に一二回ほどしか現れなかった。また肺は音声の門戸であり並びに水道の通調を主どるから、汗が出た後は声が出て声枯れも治る;小便は多くなり下肢浮腫もまた退いた。脈象は緩和され脈拍80回/分となる。あれほど頑固だった心臓衰弱及び呼吸衰枯の危機から解放された。表気が通い営衛も調和し、毎回の食事には必ず僅かに汗をかき全身がのびやかになる。二日後甚だ多くの痰を吐き、胸中の閉塞感が大変すっきりする。汗法が宣発を得て、また戻ってきた人体正気の助けがあり、肺絡の湿痰がより集まった死血が少しずつ外透していくきっかけとなっているのがわかる。ただ夜明け・午後・子の刻に背を突き刺す胸痛と胸中の閉塞感との絶え間ない発作がある。すなわち痰の巣が破れたといえどもまだ死血が消えるのは難しく、通じないとすなわち痛むのだ。仲景法に従い方を改め以下のごとく:
 1.附子90g、炙甘草60g、生半夏・雲苓・鮮生姜各45g、栝楼30g、薤白15g、丹参45g、檀・降香各10g、砂仁5g、桃杏仁・霊脂各15g、山茱萸肉30g、細辛20g、乾姜・五味子・白芥子(炒研)各10g、百合・生山薬各30g、白酒100ml。
冷水2000mlを加え1時間浸し、とろ火で煮て450mlを取り一日3回に分けて服用。
 2.大三七100g、高麗参100g、琥珀・霊脂・紫霊芝胞子粉・川貝・沈香・土元・水蛭・冬虫夏草・全虫各30g、黄毛茸尖50g。
粉にして一日二回、一回3gを熱い黄酒にて飲み下す。
 3.炮甲珠60g、麝香2g。
 粉にして20に分包し、朝晩一方ずつ熱い黄酒にて飲み下す。

 この後三回の診察を経て、湯薬40剤、散薬1料を服し諸症はみななくなり、体重も漸く元に戻った。厳しい冬を経ても喘咳は起きずまた感冒にも罹らなかった。翌年の春には夫に随い県外で経営している炭坑へ行き、飯炊き・洗濯・水汲みなどをこなし、すでに健常人と変わらなくなる。1999年4月偶然町で出会いすでに病もない状態であったが、体質を強固にするために散剤を再び半年服用するように云いつけた。残念なことに炭坑の倒産によって負債がかさみ願いがかなわなかった。その年の暮にその夫と会い、患者が7月にひどい病にかかって日夜吐き下しを30回余り、手当が及ばず亡くなったことを初めて知った。

 近ごろ肺間質病を賢く治すには、多くは甘涼柔潤を主として養陰清肺し、枯れた肺葉を救っている。しかし本例の病人は純粋に沈寒痼冷で病機に違いがあり、自ら仲景の温養の法に随った。もう既に肺痿になっていると肺の津液は傷つき免れるのは難しい、故に百合・生山薬のような性が平の品を選び肺腎の陰を養う。まして四逆湯中の附子は味が辛だが潤し津液を送って気を化し通ずる薬で、腎中の五液が蒸騰敷布して陽を生じて陰を長ずる、これが即ち陽中求陰で生化無窮の理なり。もし徒に養陰清肺を以って事を成せば、即ち寒涼が中をやぶり肺陰は戻らず、まず脾陽が傷つき食は少なくなり便溏となる、土が金を生じないので生化の源が尽きれば反って敗亡を促すことになる。
 
 本病は大虚大実であるから自ずと攻補併重となり、方の2~3は培元固本散変法に似させて、血肉有情の品や先天の腎気を峻補し、人体の免疫力を建て直すものとなる。方中の化瘀薬、化痰薬、虫類薬は本病の大実に対して急所を突いてはいるが完全に消滅させる特徴をもった攻撃でも難しい、しかし根本を固め正気を助け、浅いところから深いところへ繭から糸を紡ぐように、絡に入り悪いところを探してそぎ落とす化瘀散結の緩攻の法ならば正気を傷つけず邪を攻撃できる。とりわけ炮甲珠・麝香の対薬は穿透攻破が行き届き汚れを除き汚濁を化し、諸薬を引いて肺窮に直入して湿痰死血を清除する。諸薬相合して受損した肺の実質病変を修復し生き生きさせるらしい。
by sinsendou | 2011-01-23 15:26 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その9

李老中医 危急重症難病治療経験集
その9

1.張春花、女、44歳、山西霊石県原頭村農婦。
1998年11月7日初診:
  20年前産後に寒邪を暴感し咳喘を患い、それがいつまでも治らずいつも季節の変わり目や気候の急変のたびごとに病状が悪化し、遂には持病となってしまった。最近では常に感冒に罹っていて最後には喘息で歩くこともできなくなってしまった。10月初め省二院呼吸科へ行き半月入院、CT検査の診断では“特発性肺間質繊維化合併肺心病”と診断され多量激素療法・酸素吸入法など無効であった。心臓と呼吸が日に日に厳しさを増し、危なくなったので退院。
  診察すると患者はやせ細り、この7カ月で体重が15kgも減少、顔色は青黒く両目はうつろで声はなく、肩で息をして喘ぎ息も絶え絶えである。唇と指は青紫で指は杵状、下肢は陥没性浮腫。喉からは痰がゴロゴロと鳴り、咳をすると白く薄い痰を吐く。四肢は冷えきって手は肘まで、足は膝まで冷たく、脈は速く脈拍は133拍/分(頻発心房性頻脈)。舌胖、苔灰膩、両側に筋状瘀斑がある。ただ趺陽・太冲・太渓の三脈はまだ乱れなく指に応え、よく食べることができることから胃気はまだあり、亡陽厥脱の諸症がみられるとはいえどもまだ引き戻す機会がある。破格救心湯の大剤によって救陽固脱をまず先にして、参蛤散で納気帰腎し、麝香で汚れや痰濁を化し上窮を開くことで呼吸衰弱を救う。
  附子200g、乾姜25g、炙甘草60g、山茱萸肉120g、生竜牡粉・活磁石粉・煅紫石英粉各30g、生半夏・雲苓・鮮生姜郝45g、(高麗参20g・蛤蚧尾1対・麝香1gを粉にして分服)。
  お湯を2000ml加え強火で1時間煮沸し、たびたび煎じては服用させ、昼夜連続して3剤服用させた。
  11月8日午前2回目の診察:
  昨日10時20分から薬の服用を開始、一回に一匙~二匙ずつを約10分間与え、それを1回としてその後七回ほど服用させ、三分の二ほど飲ませると激しい喘息や引きつけの咳が止まり、上肢は温まり寝返りがうてるようになってほぼ危機は脱した。その後30分毎に約100mlを服用させ、早朝の1時に2剤を全て服用し終わってから約2時間熟睡した。目覚めた後痰鳴は一度になくなり、あの酷く暗い20数日を経て最初に出た言葉が、一杯のタン麺が食べたいで、夜明けまでに3剤を服用し終わり再び入眠。
  四診の所見から、本病は非常に難治で病が改善したようにみえてもなお陽根は固まってなく、なおざりにするべきでない。

1.久病は気血を消耗し尽し、陰は涸れて陽は亡び息も絶え絶えで、これは大虚である。一昼夜で附子を600g用いて手が温かくなったといえども下肢は以前のごとく氷の様に冷たい。ほんの少しだけ残った陽が挽回できるか否かが生死の鍵を握っている。
2.肺葉が枯れて萎縮し、湿痰や死血が深い病巣を占拠して、これは大きな実証である。繰り返し発病し、正気が虚となればなるほど邪気が実となる。“繊維化”は肺葉の実質損害であり、現代医学は治らないと断定され、針や薬を施しても難しく治る見込みがない。肺は嬌臓であって、病巣を直接霍乱し突然の変わった手段を用いてもいい腑の実邪や悪性腫瘍のようでなく、攻補どちらも難しい。
3.最近の半年は背中に冷水を注いだような、氷の貯蔵庫へ入ったような感覚で、夏でも木綿の衣服が離せなかった。その次の重病は月末で、始終悪寒がして汗なく全身が太い縄で縛られるようで、胸を塞ぐようなうっとうしさと背に突き通すような胸痛があった。病が20年といえどもなお、小青竜湯の主証は変わっていない。営衛が閉塞し寒邪は冰伏して、少陰亡陽と太陽表実が同時に見られ、本病はなかなか解けない結び目を形成した。

 病機はすでに明らかで、営衛が内は臓腑に関連し外は皮毛に合し、人身が外邪を防ぐための第一の防衛線であることを知るべきである。邪の入路であるからには、また当に邪の出路でもあるのだ。《内経》に“善く治す者は皮毛を治す……”また“諸症はまず先に解表す”で開門して盗賊を追い出せと主張している。喩昌が創った“逆流挽舟法”に次のように述べられている“……邪が裏に入って100日の長きにわたってもなお、邪を裏から表へ引っぱりだすべきである。もし裏から去れば終わりではなく死でもない!”論ずるところ痢疾が表湿を挟み内陥した者を立法したと云ってもそれは万病にひとつで、凡そ沈寒痼冷の諸症で外邪は裏の深くに入り込み冰伏して出にくくなった時は、汗法でなければこの堅く結びついた病を解きほぐすことができない。そこで類似処方の一方で、手本としての麻黄附子細辛湯の意味は、元陽を助け閉じた表を開き、冰伏の邪を外透させることの期待である。煎じたら何回も分服し正気を傷つけずに汗を保っているか報告させる:
 麻黄30g(別に煮汁150mlを用意する)、細辛20g、附子200g、乾姜25g、炙甘草60g、山茱萸肉120g、生半夏・雲苓・鮮生姜各45g、葱白3寸、(高麗参20g・蛤蚧1対・麝香0.5gを粉にして分服)。
 水2,000mlを加え、とろ火で煮て600mlを取り3回に分けて服用、服用時間は正気を助けるために午前に陽気が旺盛な時間帯を選ぶ。毎回麻黄汁と一緒に服用させ汗が出たら服用をやめる。
by sinsendou | 2011-01-15 11:22 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その8

李老中医 危急重症難病治療経験集 
その8

肺結核合併肺心病(戴陽の危険証)

  英武薛発祥の母、68歳、伝染科入院中患者。最終診断:1.肺結核;2.急性感染症併発肺気腫。血沈90㎜、白血球数15650、中性球91、リンパ球9。抗結核・抗菌治療が無効だったので中医師の協力を要請。
  診察した患者は両頬があでやかな桃の花のようであり、両目の精神はうつろで、発熱・煩躁して喘咳は一カ月余り。寝汗、口渇し温かいものを欲しがり、両膝は極めて冷え、心は動揺し、六脈は細数で秩序なく、心拍数は132拍/分、舌淡。患者の齢は古希に近く腎の元はすでに虚となって、さらに長患いも手伝って消耗した上に清熱涼剤の服用過多で、上盛下虚から戴陽格局となってしまい、いまにも陽が脱する心配がある。急いで固腎斂肝、引火帰原、納気帰根を以って治とする:
  山茱萸肉90g、紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)15g、生竜牡・白芍隔30g、炙草15g、油桂3g、附子30g。
  上剤を連続して3剤服用後危機を脱し、退院し家へ帰り静養する。
  考察:戴陽証は下元が極めて虚となっていて真陽が下元を守ることができず、上へ浮遊し陰盛格陽の危険な症候である。また秦艽や鼈甲の類の使用過多は、肝気を開破してしまい肝虚となって収められなくなる。故に参附竜牡救逆湯に張錫純氏の来復湯を合わせ、さらに油桂を加えて下焦を固摂し温納浮陽させ、その上に山茱萸肉を用いて斂肝固脱する。もし西医の診断にしたがって清熱解毒・養陰退蒸の剤を投与していれば、必ず亡陽暴脱してたちまちの間に生命に変化があるだろう。中西医結合で判ったことは“番号通りに座席につくとか、あるものを根拠にして探し求めるとか”などは中医には絶対できない。数多くの状況のなかで弁証は独立していてみな別に新しくやることが必要である。その道に反して行えば甚だしく時間を費やすことになる。本例は時刻に重要なポイントがあり、きっぱりと患者の証に随い患者の生命を救うことができ、正にここに中医学の特徴と特色が存在する。

特発性の肺間質繊維化医案(二則)

  本病は臨床において少ししか見られず病理は不明。現代医学にとっても本病に対する有効な治療法はないし、かつ病状は不可逆で発病してから2~4年で死に至る。肺の移植手術を採用しても、費用が高騰しているばかりでなく手術後の生存期間が僅かに2~3年で、世界医学の新しく増えた分類の中で難治症の一つとなっている。
  本病の初期は慢性気管支炎に類似し、反復して発作を起こし痙攣性で劇烈な咳喘がその主証である。確定診断がついた時にはもう末期に属している。末期には例外なく肺心病を合併して、最後には全身衰弱・心臓衰弱・呼吸衰弱で死亡する。本病の進行過程と中医学の肺痿・肺結核・痙攣性咳嗽・喘症などは相似しているところがある。筆者は最近二例の危篤の患者を救治したが、それは破格救心湯の変方に似せた処方を用いて病人の生命を救うことができた。緩解機にあっては培元固本散変方をもって先天の腎気を峻補し、重ねて人体の免疫力を建て直し、繭から糸を紡ぐような極めてゆっくりした方法で湿痰を化し貧血を改善し、それによって病勢の悪化を阻止し患者の生存価値を向上させた、これは可逆性転化の機会が出現したらしくもっと深く研究するに値する。いまここに医案を以下のように抜き書きする:
by sinsendou | 2011-01-05 16:31 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その7

李老中医 危急重症難病治療経験集
その7

風心病と合併した冠状動脈硬化性心臓病

  孝義県吴西庄学校教師 張巧愛、40歳。1980年夏に来診。病瀝:風心病、二尖弁狭窄・閉鎖不全、心房細動、心臓衰弱Ⅲ度;冠血の供給不足;肺の瘀血がすでに10年にわたっている。北京阜外医院は二尖弁分離手術を行うつもりだがまだしていない。
  現症:動悸・息切れ・咳血、動けば更にひどくなる。毎食時に激しい動悸がする。それゆえ毎食時には心配して不安がる;そこで心中びくびくしながら茶碗を両手で平らに持ち上げている。動悸しないように食べては止め食べては止め一回の食事にいつも2~3時間も放っておかれた。脈拍は常に170~210拍/分前後。促脈で四肢厥冷、胸悶刺痛、唇・指・舌は青紫。汗は滴り腰が折れるほど痛む。血圧70/50 ㎜Hg。左側を下にしないと寝られない、もしそうしないと咳でむせ返り動悸が止まらなくなる。
  思うがままに証を見れば、心の陰陽両虚、陽虚偏重である。長患いが虚損を成し、脾胃の中気が大いに傷つき、子盗母気ゆえに、食事が動悸をひどくしている。だんだんと五臓が栄養失調に至り、先天の腎気は消耗し、ゆえに腰が折れるように痛み(腎が極度の疲労)、喘息(腎不納気)、自汗(真陽固失)、厥逆(命門の火が四肢末端の温煦を主ることができない)、敗脈(七急八敗や散乱し取り散らかった脈)などが現れる。その上虚は必ず瘀を伴い瘀は心脈を阻むので、胸悶刺痛となる。炙甘草湯・参附竜牡救逆湯・丹参飲を合方加減し、さらに腎四味と桃仁・紅花を加え、温腎回陽、通脈化瘀、滋液救心で治となす:
  炙草30g、附子30g、生地・麦門・紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・霊脂・生竜牡粉各15g、丹参30g、檀・降・沈香殻10g、砂仁(突き砕く)5g、阿膠(溶かしたもの)20g、桂枝・桃仁・紅花・五味子殻10g、腎四味120g、生姜10片、棗10枚、胡桃4枚打、21剤、10日ごとに7剤。
  一ヶ月後、動悸は止まり喘息も静まったし、四肢の冷えと紫紺色も消失、細動は起きていないし腰の痛みも治った。食欲がでてもう心悸もない、胸悶刺痛は10剤を服用した時から全くなくなっている。脈細弱、脈拍92拍/分、ただ月の初めにかつて出現した症状がまた出たという。さらに細かく問いただすと、10年来毎月の月経のたびに必ず風邪をひき、1回風邪をひくたびに症状は悪化するということが分かった。その症状は月経前日に突然虐のように寒熱、嘔吐、難聴し、月経が終わると治る。これはすなわち六淫の外邪の永い拘束によって、その邪が表より裏に入りさらに深く血分にまで達し透達ができなくなってしまった、いわゆる《傷寒論》の熱入血室の証で、そこで成り行きをみてうまく導くように、血分に入った邪を引っぱりだす小柴胡湯加味を与える:
  丹参・当帰・坤草・生半夏各30g、赤芍15g、沢蘭叶・酒香附各12g、柴胡・紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・霊脂・川芎・酒芩・乾姜(炒)・桃仁・炙甘草各10g、黒芥穂6g、生姜10片、棗10枚を6剤、毎月月経前日に連続して3剤服用する。別に:全胎盤100g、鹿茸・虫草・紅参各30g、蛤蚧6対、三七100g、琥珀30gを粉にして常に服用し培元固本とする。
  1983年12月、患者はとても親孝行な長女と一緒にお礼に来た。患者が云うには二度目の処方を服用後月経前の感冒はすっかり起きなくなった。風心病によるものは除かれ、自覚症状はなくなった。体質は強くなり歩くのも普通の人と変わらないほどで近々仕事に復帰するつもりだという。
  考察:臨床観察から風心病の多くは表より邪が裏に入ることに由来する。ただ病気の経過が永く多くの病人が病気になった原因を覚えていないし、医者もまた対症療法のみで根本療法をしていない。薬剤の投与が隔靴掻痒でものの役に立たず、又は投薬して暫らくは治るがその後必ず再発する。私の臨床経験では、長患いで効果のないものや反復発作の重病・頑症・痼疾、或いは季節の変わり目の病や職業病などには必ず六淫の外邪が深く潜伏している。“傷風は目覚めず結核に変わる”これは民間の諺ではあるが深刻な病理・病機を言い当てている。人の中の邪は、最初は必ず表にある。治療に失敗すれば表から裏に入り、正気が虚となるほど邪はますます深く入り込む。病邪が血分に深く入りとどまると五臓を侵し始め、治療上にあってはすなわち“半死半生”の局面となる。ただしすでに邪が潜伏していれば必ずその兆しがある。病邪と正気は相争い古い病は発作を起こす、すなわち病邪が居座っている経絡と臓附を示している。この時、成り行きを見てうまく導くように、正気を助けて突き通すように常に病巣を一挙に破るべきである。故に《内経》には“善治者治皮毛”と云い表証の立法となすだけでなく、重証・難証・痼証を立法する宝でもある。“諸病はまず先に解表するべし”このような一条は極めて平淡な治法であるが、かえって神奇的な妙用がある。本病例は重病10年、病邪が血室に入って10年、毎月の月経前の発病は本症の奥秘を暴露した。だから小柴胡湯に生丹参を加え、血分に深く入る黒芥穂の一味を以って、益気扶正、活血温経、表裏を和解させ10年来の伏邪を外に浸みださせ、これから平坦な歩みとなるように長患いから回復させた。またかって治した多くの例で心臓衰弱水腫の患者は、その病程の多くがまちまちであるが10~30年にわたり、どれも外感寒邪の病歴があり寒邪が少陰に深伏していたと考えられ、あらかじめ対症方の中に麻黄・細辛を加えて升堤肺気、透発伏邪すれば微汗のあと水腫は速やかに消退して癒えた。私見ではありますが臨床の参考になれば幸いです。
by sinsendou | 2010-12-30 11:48 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その6

李老中医 危急重症難病治療経験集
その6

肺心病における急性感染症

  郝根生、61歳、南関鉱退職工。1983年9月5日県医院中医科門診病例。心電図:欠損性心臓瀕脈(脈拍132拍/分);Ⅱ度二型心房欠損伝導阻滞。内科診断:肺心病における急性感染症。病歴:気管支炎の病程が38年、さらに肺心病にまで進行して8年。患者は1階から2階の中医科まで付き添い人がいてもなお6分かかり、肩で大きく息をしながらやっと話を始めることができた。7日前患者はひどい感冒を患ったあと、無汗と喘息、胸悶、痰は黄色で粘調、五六日便秘、動悸、脈洪数、時に止まる、舌乾紅白膩、舌中と舌根は黄となった。元から痰喘の疾患を宿し、痰湿が中を阻害しているところへ外から風寒に襲われ疎解が失調し裏が化熱した、この状態を断つには「急なれば標を治す」で:
  生石膏・瓜萎・生半夏各30g、麻黄・杏仁・五味子・細辛・厚朴・桂枝・白芍・炙甘草各10g、帯殻白果打21枚、炙紫苑・炙冬花各12g、竹瀝膏100ml、生姜汁10滴(対入)、鮮生姜10片、大棗10枚、これらを2剤。
  この方は小青竜湯・麻杏甘石湯・厚朴杏仁湯の合方の変方で、散寒解表と清熱滌痰定喘の効果がある。
  9月9日二回目の診察、薬服用後発汗し便が通じ、咳喘は七八割方減った。脈滑大・胸中発熱があり、前方に魚腥草30gを加え清熱解毒する。肺部の感染残存の滲出物を清除する。患者は薬2剤を持ち家へ帰り静養。
  9月19日三回目の診察、患者は南関より来院、病はすでに良好。ただ最後の2剤を服用後、精神が疲れ眠気を感じ胃と口が涼しく、食後に胃の調子が悪く酸っぱい液が上がるという。脈を診ると力のある弦脈でほんの少し緩の象がある。患者は齢六十を過ぎ、苦労の一生の上長患いで体力を消耗し、腎の元が不足するのは必然である。この次に病に罹かったとき、本は標熱本寒に属し、薬剤を投与後7~8割がた治ったら、その時に温養脾腎すれば元気を回復する。慎重でなかったし詳しく検討せず寒涼剤を投与しすぎて患者の脾腎元陽を損傷してしまったことは叱られてもしょうがない罪を犯してしまった!まだ変証が現れてはいないし収拾がつかないことがいっぱいあるが、ただ脈象が力のある弦だが老人の良いところがなくすでに真気が内を守れない象で、精神の疲れと眠気感じるのはすなわち“少陰病ただい寝んと欲す”に少しずつ変わっている予兆である。そこで四逆湯に紅参・山茱萸肉を加えた加味方を一日おきに1剤ずつ連続して10剤服用させ、薬の誤用を救った。その後今年の陰暦12月、患者が正月用の商品や不動産の買い入れに来た時は、顔色は紅く艶があってステッキは使わなくなっていた。更に今年の冬はただ一枚のセーターだけ着て、それでいて寒くないと云った。禁煙した後は食事の量も増え、咳喘は二度と起きていない。患者はとても健康に見え私は心から安心した。
  ほかに、方中で白果またの名を銀杏は味甘、微苦・渋、肺・腎経に入る。効能は肺気収斂、定喘止咳、止帯除濁、縮小便で、痰嗽・哮喘の要薬である。果仁には少し毒性があり摂り過ぎると酔った時のように頭がくらくらする。南方では白果を煮て食べたりするが、常に食べていると中毒を起こし一連の中枢神経症状、たとえば頭痛・発熱・驚倒不安・嘔吐下痢・呼吸困難などが現れ……救治が及ばず間があいたりして死亡する者もいる。救急の方法は、生甘草60g・白果殻30gを煎じ、緑豆粉30g・麝香0.3gと一緒に服用すれば解毒できる。これによって白果殻が白果の毒を良く解毒することが分かる。ゆえに白果を薬として用いる時には殻を打ち砕き、それと黄色く炒った果仁と一緒に煎じれば意外にも副作用の発生を避けることができる。白果の性は収渋で、表が実なら麻黄と一緒に用いて一散一収となり、痰喘を治すのに極めて有効である。
by sinsendou | 2010-12-20 13:49 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その5

李可老中医 危急重症難病治療経験集   その5

6.冠心病及び頻発心室性瀕脈、細動不整脈  
  中央七二五台家属 王桂梅、45歳、1998年11月27日、急性不整脈で汾局医院内科に入院。診断は“冠心病心臓衰弱並びに頻発心室性瀕脈及び細動”だが救うことができずに1時間、病状は何も改善されなかったので、その婿が電話で私に治方について尋ねた。聞けば患者の心拍は248拍/分で真心痛があり、大汗止まらず喘ぎ病状は険悪とのこと。遂に電話で破格救心湯の大量を急いで煎じ300mlを服用させるように告げた、翌日診察すると脈拍134拍/分で尿多く口渇なし、舌紅少苔、折れそうなほどの腰痛だけで危機は脱した。そこで救陰のため原方に麦門・五味子各15gを加え、一日二剤を連服させるようにいいつけた。三日目の午後頻脈は消え脈拍は84拍/分となり退院、そこで本方を平常量に変えて3剤を服用するように命じた。しっかり役に立てるように毎日1剤を服用。1年後訪れるも再発していない。

7.肺系諸疾患と心臓衰弱が見られ、久病が腎に及び陽衰で納気できず接続不能の気喘となったので、本方の通常量を投与、別に胡桃6枚(人参胡桃湯として合わせる)蛤蚧尾1対、沈香粉3g、と高麗参を一緒に細末にして2回に分けて分服することで、納気が帰腎することでたちどころに危機を脱した。

8.鼻衄が大出血で止まらず、一昼夜で洗面器に半分ほどに達し、顔色は酔っているように赤く、脈は速く激しい大波のようでいて強く押すとなくなる。これは陰虚に属し、下から龍雷の火が上奔した陰尽陽亡の変であり、寝につく頃の時刻に寒涼清熱で止血できずに切れた。すぐに本方の平常量と引火湯(九地90g、塩巴戟肉・天門麦門冬各30g、雲苓15g、五味子6g、油桂2gを米で丸めて先にのむ)を投じると、滋陰配陽と引火帰原によって一服で止まった。救急鼻衄で大量出血し危険な状態の50数人を、本法によってみな治癒した。

9.茶碗やボールにいっぱいの吐血や大喀血、或いは婦女の崩漏出血が止まらなかったり、或いは鼻衄が夜通し止まらない、或いは大便の慢性出血が永い日々止まらなかったりして、突然四肢が冷たくなり大汗をかいて顔色も紙のように白くなり息も絶え絶えになったら、これは気が血に伴って失われ、いわゆる陰損及陽となった状態である。脾と腎の陽が衰え血液を統摂できなくなった。すぐに本方平常量を投与する。竜骨牡蛎は焼いて用いる、山茱萸肉は120gまで加える、乾姜を姜炭にして10g、三仙炭各10g、血余炭4g(冲)、生黄耆30g、当帰身15g、阿膠20g、九地45g、滋陰救陽を以って益気止血し固脱する。 

  曾治霊石房管所所長 武榮、41歳。胃潰瘍大量出血で危篤。晋中康復医院の診断は十二指腸潰瘍と幽門部梗塞不全で、血色素5g、大便潜血(++++)。夏の終わりに酒の飲み過ぎにより茶碗に一杯ほど吐血し、青味がかった糊状の黒便を滴らせたので、外科に緊急輸血のため入院した。診察を受けると体質があまりにも弱いので暫らく手術はよくないとのことで、入院1週間後家で療養するように帰された。1963年9月16日診察すると患者の顔色・唇・指は白紙の様で、食べれば直ぐに吐き眠気で朦朧とし、四肢は冷えめまいして起き上がれず、動けば喘ぎ汗が出て口渇はないが多尿、脈遅細弱、脈拍48拍/分であった。証は脾虚による統血不能に属し、血証が長引いたために陰損及陽となり気が血に随って脱して、すっかり亡陽の危険な象が露わになってきた。度々嘔吐し薬を飲み下すことができなかったので、急いで標を治す方を与える:
  赭石粉・生半夏・高麗参(別対)・雲苓各30g、呉茱萸(洗)・炙甘草各15g、鮮生姜30g、姜汁20ml、大棗12枚。
  煎じた濃汁300mlを取り昼夜分かたず少量ずつ何回も服用させ吐き気が止まってから再び診察。午後3時、薬を服用して2時間後に吐き気は止まり牛乳一杯とカステラ一切れを食べられた。いよいよ破格救心湯通常量を投与するが、竜骨牡蛎は焼いて用いる、山茱萸肉は120gまで加える、姜炭・三仙炭各10g、これに“三畏湯”(人参・霊脂・油桂・赤石脂・公丁香・欝金、各種潰瘍を治す効果がある)に似させて当帰補血湯、亀・鹿・阿膠各10g(化入)、これを1剤服用させたら、大便潜血(-)となった。6剤服用後血色素は9gまで上昇した。一日500gの食事を許され、出入りも自由で午前中の仕事も始めた。そこで加味培元固本散に似せて(三七・風鳳衣・煅牡蛎・大貝・内金・魚鰾膠珠・琥珀・高麗参・鹿茸・血竭・全胎盤・蛤蚧)病根を元から断ち、1ヶ月後康復医院で再検査をしたところ潰瘍は全治していた。30年後訪れると手術前よりもさらに健康だった。この法によって治癒した各種潰瘍の重症例が300以上ある。
  また霊石鉄工場家属 王季娥、42歳、1973年9月10日昼、突然崩漏、便器に多量出血し、その出血が1時間たっても止まらず、顔色は紙のように白く、四肢は氷のように冷たく息は絶え絶えで、六脈とも無く下三部の太渓脈だけがあるようなないような、工場医に止血と強心剤を注射してもらうが効果なかった。ついに血脱から亡陽を引き起こした。破格救心湯の大容量と当帰補血湯を与える。竜骨牡蛎は焼いて用いる、乾姜は姜炭にかえて50g、本人の頭髪で作った炭6g(冲)を用い、午後2時50分これらをお湯で強火で煎じ、でき上がったそばから流し込むように飲ませ、さらに大きな艾灸を神闕に据えると、午後3時30分出血は止まり、漸く脈が戻ってきた。黄昏時になってやっと話ができるようになって、早朝1時にくず粉やカステラを食べたがり、危機を脱した。その後本剤大容量と当帰補血湯に紅参・山茱萸肉・龍眼肉・腎四味・鼈甲鹿茸の二膠、これらを七剤連続して服用させたら起き上がることができたので、培元固本散を加減して40日服用させたら健康が回復し始めた。本方を加減して婦人の多量出血21例を治したが、その内訳は、子宮頚癌末期2例、子宮内膜症3例、更年期機能性出血11例、原因不明の暴崩漏5例、どれも8時間以内に危機を脱することができた。ただ1例子宮頚癌による死亡を除いて全員救うことができたし、全ての症例が培元固本散を30日前後加減して服用することで、みな根治を得られた。

10.上記症状に、もし腰痛症状が一緒に見られたらそれは腎虚腎精不足で根本の基礎が固まっていないためで、症状が緩解したあとに必ず多くの波乱が起きる。その様な時には腎四味(枸杞子・菟絲子・塩補骨脂・仙霊脂)各15~30g、胡桃6枚(打)を加えて温養肝腎するが宜しい。虚の状態が甚だしい時には、少量の血肉有情の品たとえば鹿茸粉・胎盤粉・鼈甲鹿茸の二膠などを加え先天の精を補い病状が安定してから培元固本散を1~2ヵ月服用すれば受損臓器を修復し人体の免疫力を建て直す根本治療となる。

11.ひどい寒さと長患いで冷えた諸症状によるほとんどの危機的段階は、とりわけ風心病の心臓衰弱の段階で多く見られる。病人はいつも冷気が臍より下から腹に沿って正中線を上に突き上がるように感じて、発作を引き起こしながらそれが喉まで達し、滴るほどの大汗をかき人は昏倒する、これに似た例が《金匱》に“奔豚気”として述べられている。すなわち陰陽が互いに繋ぎあえずに、陽が上から脱してしまう危険な症状の一つである。急ぎ本方の通常量に煅紫石英30g、油桂粉・沈香粉各3g(冲)を加え投与すれば、まっすぐ肝腎に入りひどい寒さと長引いた冷えを破り、脈を安定させ呑み下せるように直ぐに効果がでる。

四.結語

  破格救心湯の創造は、継承発揚を受けた古き賢い先人の四逆湯類方が救治した心臓衰弱の成功経験、並びに手本とする近代中西医結合の先駆者である張錫純先生が救治した各種心臓衰弱ショック時の学術経験などから、大胆に一歩を踏み出して大量の附子と山茱萸肉を用いたことにある。40年間何度も臨床験証を経て、本方は古代及び現代の同類方剤と比較して全面更新、有効率更新、体を整えて力を集中できるようにし全身衰弱状態を手直ししてくれる。各種各型の心臓衰弱における危機的症状を救治する分野にあって、瞬く間に死んでしまう命を救うばかりでなく、古代医籍に記載されている五臓絶症や絶脈など必死の症である禁区及び現代医学においても治療を放棄されて瀕死の重病人さえも解決した。本方を使って一度経験をすれば、多数の起死回生をすることができる。ただ中薬の湯剤は煎じるのに時間がかかりすぎて、救急救命時に助けられないほど遅いということや病機を誤ったりすることから逃れられない。もし大量の臨床実験研究を通じ、主薬を選別したり剤型を改変したり静脈に薬剤を点滴したりして、この領域で重大問題を解決できれば、21世紀世界に向けて走る中華医学が全人類の生命健康のすばらしい業績を上げることができる。
by sinsendou | 2010-12-12 12:26 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その4

李可老中医 危急重症難病治療経験集   その4

4.ブルシー桿菌病による急性心臓衰弱で臨終の危機

  張建亮、男、28歳、静昇鎮狐子溝村農民、1999年4月13日急診。患者は牧羊に従事して3年あまり、ブルシー桿菌に伝染して1年半、治療に失敗し長引いてしまい、心・肝・腎に実質的に損害を受けている。4月3日突発性心臓衰弱で省人民医院に緊急入院(入院番号230511)、最終診断は“心臓肥大、心室性細動、心機能Ⅳ級、心臓衰弱Ⅲ度;胸水貯留;大動脈病変、肝機能障害、低蛋白血症”すでに五日間全力で救おうとしたが無効、4月8日朝8時危篤となり、専門家は、いつでも生命の危険があり死後の準備や最後の救急の余分な仕事を招くことを認めている。
  診察をすると患者は起座呼吸し頻繁に激しくせき込み、喉はゴロゴロとした痰の音が聞こえて涎を嘔吐し、顔色は暗い灰色で精神は萎えて、寝ているのか起きているのか、蚊の鳴くようなか細い声で、唇・指は暗紫色で胸痛は背を貫くほど;全身は陥没性の浮腫、臍は出っ張り胸は平ら、睾丸も水腫だが尿は少なくて一昼夜で150ml;食べ物を嫌がり食物が入ると腹が張って死にたくなるほどで一日僅かの薄めた粥を少しずつ呑ませている;寒さを嫌い無汗、また涙目でもない;脈は速く脈拍114で時々乱れる;舌は紫暗、全体に紫黒の瘀斑が広がっている。病人は息も絶え絶えで物を云うこともできず、本病がどうしてなったのか、三陰寒凝なのか気化氷結の局面なのか、すでに察知する方法がない。脈証から推理すると必ず初病は表失から起こり、その外邪が五臓に深く侵入し、正気の虚は邪を外出せせることができず血分に潜伏してしまい、暫らくすると陰衰亡陽となる。脈は取り散らかって時々心拍停止の危険がある、これらは古代医典に載っている七怪脈の一つで必死の症候である。患者が危篤であるという通知が11日には届いているがまだ死んではいない、すなわち正気がまだ残っている、また正に壮年であり一縷の命の綱がある。次回感冒によって突発性の心臓衰弱になった時、この“感冒”の二文字が例え生死を分ける重要な鍵だといっても、すべての病はみな表より裏へ入るのであって、“表”は邪の入口であるしまた邪の出口でもある。また三焦の気化が氷結し集まった水が浮腫の原因となっている。少陰と太陽の同病には麻黄附子細辛湯があり、裏寒を温め閉じた表を開き正しく援助することができる。閉じた表が開き開いた門から盗人を追い出すように、潜んでいる邪を透出する丁度いい転機である。そこで大量の破格救心湯を使用するのだが、それには閉じた表を開く麻黄と細辛を加え、下焦気化や利水など蒸動に油桂と五苓を加え、さらに開胸滌痰破瘀の栝楼薤白白酒湯と丹参飲、開竅及び呼吸衰弱を救う麝香を合わせる。
  附子200g、乾姜・炙甘草各60g、高麗参30g(別にとろ火でゆっくり煮る)、五霊脂30g、無核山茱萸肉120g、生竜骨牡蛎・活磁石・鍛紫石英・瓜萎各30g、薤白15g、白酒100g、丹参30g、檀降香・砂仁・企辺桂各10g、桂枝・白朮各30g、茯苓45g、猪苓・沢瀉各15g、桃仁・杏仁各15g、麻黄・細辛各10g、鮮生姜30g、大棗12枚、麝香1g(分冲)。
  2500mlの冷水を加えとろ火で煮て450mlを取り出し、これに人参汁を一緒にしたものを3回に分けて、3時間ごとに一回ずつ昼夜分かたず3剤を連服させる。
  上記薬剤を二日間で9回を服用させたが、一回目を服用した後に頭部発汗し喘咳も直ぐに減った;二回目服用後発汗が全身にいきわたり、小便量が大変多くなり一昼夜で3000ml以上、浮腫は7~8割なくなり、翌日には麺類を一杯食べ、起き上がってオンドル伝いに散歩をし、顔色も暗灰色から紅潤へ転じ、脈は沈弱、脈拍82、不整脈は消え危機は脱した。昔から汗法は小技と見られていていたが、病が息たえだえになったら汗法は争いのないところである。いつも敗局を転換させ人の命を救うには中の病機を断ち切って汗法を施すことがこの際には適当であるということを知らねばならない。汗法の妙は、結局起死回生の効果があるということだ。

5.中医学の真心痛の範疇に属する冠心病の狭心痛発作或いは急性心筋梗塞は、《内経》に“朝発して夕に死す”の記述がある。病勢は険悪でたちまちの間に危機がせまり、一分一秒を争って針や薬を施さねばならない。まず速効救心丸5粒と蘇合香丸1粒を含ませ、きれいな麝香0.5gと冰片0.05gにお湯を注いで一緒に服用させる。針を素髎・左中冲に重刺し、左内関に挿入捻転を行い約5分、痛みを止め、この貴重な時間を利用して救急のための弁証を施す。
  曾治霊石農牧局局長 査富保、60歳、1982年正月六日急診、県医院の心電図による診断では冠心病で一カ月余り経過とのこと。14時心絞痛発作、ニトログリセリンを含ませたら思いもかけず30分ほどで緩解した。おおよそ18時に絞痛が再発、ニトログリセリンを含ませ同時に硝酸薬の吸入を行うも無効。内科会は急性心筋梗塞と診断し、省級の救急病院に急いで搬送するように意見を出した。時間も緊迫していて車を呼ぶのも容易ではないので、私に診察要請があった。患者を見れば顔色青く凄惨、唇・手の甲は紫色、大汗と喘ぎ、四肢厥冷、恐怖に歪んだ表情、脈大で秩序なく乱れ、脈拍120、舌辺や舌尖に瘀斑が線状や薄くついて、舌苔は灰厚膩。急いで上記の針と薬を合わせて与えたところ、約10分後痛みが止まった。患者は高齢で腎陽が以前より虧損しているところへ、春節の疲れと肥甘厚味の食べ過ぎで内臓が弱り、痰濁瘀血が胸郭を阻塞し重症の真心痛を引き起こした。そのうえ亡陽で諸症が厥脱しているように見えるので、破格救心湯変方の大量投与を行う:
  附子150g、高麗参(別にとろ火で煮詰めた濃縮液を混入)・五霊脂各15g、瓜萎30g、
薤白(酒泡)15g、丹参45g、檀香・降香・砂仁各10g、山茱萸肉90g、生竜骨牡蛎・活磁石・欝金・桂枝尖・桃仁・霊脂・細辛各15g、莱菔子(生炒各半)各30g、甘草60g、麝香0.5g、三七粉(分冲)、2剤。
  上方で参附竜牡・磁石・山萸肉を以って救陽斂陰固脱。一緒に用いる紅参・霊脂は益気化瘀、血凝溶解。栝楼薤白白酒湯合莱菔子は開胸滌痰、消食降胃;丹参飲合欝金・桃仁・三七・麝香は避穢開窮、化瘀通絡、細辛は散寒定痛、桂枝は諸薬が心宮まで達するように引っぱる引経薬。水2000mlを加えとろ火で煮て600mlを取り、3回に分けて服用、2時間に一回昼夜分かたず連続して服用。私が病床で見守っていると、20時10分、一回目を服薬して15分後汗は引き喘ぎが収まり、四肢が温かくなり安らかに寝入った。旧正月7日午前6時までの10時間に約2剤を服用させ、用いた附子は300g、諸症状はほとんど退いて舌上の瘀斑もなくなった。詰まりを除く培元固本散一料で本を治し(三七・琥珀・高麗参・胎盤・蔵紅花・黄毛茸など)、18年後に訪れたが元気。私は上記処方を加減して心絞痛を100数例治療し、心筋梗塞及び後遺症12例、どれも治癒した。その中の一例で心筋下壁梗塞死の患者が、培本固本散1料(約100日)服用後CTスキャン検査したら異常を発見できなかった。これによって培元固本散が活血化瘀・新陳代謝・重要臓器創傷の修復することが説明される。
by sinsendou | 2010-12-04 10:27 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その3

李可老中医 危急重症難病治療経験集   その3

2.肺心病による心臓衰弱と危機的脳症の合併症と急性腎機能衰弱

   霊石薬剤会社 王桂梅の母、62歳。1979年2月4日、県医院の診断は“肺心病での心蔵衰弱と危機的脳症の併発ならびに急性腎機能衰弱”で病は危機的で死を覚悟で退院した。診察すると患者は深い混迷状態で、鋸を引くような痰の音、頚脈は甚だしく動き、腹は太鼓の様に腫れ、臍は出っ張り胸は平ら、下肢は泥の様に爛れ浮腫んでいる。唇・舌・指の甲は青紫色で舌苔は厚膩、六脈は散乱している。下肢の三部の脈を探れば沈実で有力で、聞けば痰の喘息を患って31年、この次にもし風邪をひいたら喘息発作の引き金となる。入院7日、終始無汗ですでに2日無尿である。診ればその唇と指は青紫色で心臓衰弱は今にも露と消えそうなほど。寒飲が中に久伏しているところにまた外寒を感じ、陰寒が内外に充満し神明を蔽阻した。破格救心湯通常量と小青竜湯を合方し、裏寒を温め表閉を開き、滌痰醒神で治となす:
   附子30g、麻黄・桂枝・赤芍・乾姜・細辛・五味子・菖蒲・欝金・葶歴子(包)・炙甘草各10g、生半夏・茯苓各30g、麝香0.3g(冲)、竹瀝60g(混入)、生姜汁小盃1杯(混入)。
鮮生姜10大片、大棗10枚を一剤とする。
   2月5日二回目診察:服用後発汗し一回の大便に従い蘇生した。小便は非常に多く一昼夜で約3L以上。腹部及び下肢の腫脹はすでに7~8割消え、足の甲にはしわが現れ臍の出っ張りもなくなった。原方をさらに一剤服用させる。数日後街角で会った時には全快していた。
   考察:破格救心湯は回陽固脱・起死回生の処方である。臨床応用は機会があれば躊躇せずに直ぐに投薬する。本病例の“四逆”の証が見られなくても、陰水が氾濫して唇や手の甲が青紫など亡陽の兆しが露ほどもあれば、一回投用してみれば盃を元に戻すように救うことができる。もし“諸症すべて具わり危機的症状で覆われている”となっても、また医者が苦労して惨憺たる状態だとしても、患者の生死は測りえないのだ。また本方は重症心臓衰弱水腫および腎機能衰弱無尿を治療するが、一日の間に十中八九思いもかけないことができる。事後研究すると、本方の他に温陽消陰し膀胱気化を蒸動するものは茯苓の利水以外には麻黄一味が役に立つ。肺は水の上源であり水道の通調をつかさどり膀胱に下輸する。いま寒邪が肺を塞ぎ水道を通じなくすると集まった水は浮腫となる。麻黄の発汗解表を用い肺気を開き下げると、その肺気が開いたことにより水道は通り水腫はたちどころに消退する。この後数多くの慢性腎炎水腫及び頑固性心蔵衰弱水腫の病例と遭遇し、その原因を求めて根掘り葉掘り追求したが、どれも外感寒邪の久伏の病歴があり、対症処方内に麻黄一味加え壺の蓋を持ち上げれば閉ざされた肺は開宣し、尿量は速やかに増加して癒える。
    
3.風心病による危機的心臓衰弱

   霊石県土産会社書記吴雲凱、55歳。風湿性心臓病を患って12年、頑固性心臓衰弱5年、心機能Ⅲ級。最近5年のほとんどの時間を病院で過ごしている。1977年6月23日、患者は城関医院に入院治療ひと月余り。病状がひどくなり急性心臓衰弱に心室細動を併発、脈拍212となり、ついに危機通知書が出され家族が中医の診察を要求した。
   9時30分、診察すると患者は意識なく顔色は灰色、頭部からは脂汗が滴り意識混迷、言語不明で息はたえだえ、小便垂れ流し。唇・舌・指は青紫色し、呼気は冷え全身氷の様な冷たさで僅かに胸部に温もりがあるだけ、腹部は鼓張し下肢は泥のようにぶよぶよ、酸素吸入をしてはいるが血圧は測定不能、寸口部の脈は微細。五臓が絶え元陽も今にも絶えそうな危険が迫っていることはその脈からも判断できる。しかし幸いにして下の三部太渓の根脈が微弱と判別でき、これが生き延びるきっかけとなる細い糸となった。早速破格救心湯の大容量を投薬、この中には附子を200g用い、さらに沈香粉3g(沖)、油桂3g(沖)、雲苓・沢瀉各30gを加え、納気帰腎をもって利水消腫する。強火で煎じ、でき上がったそばから服用させる。おおよそ10時に服薬を開始、15分後陽が回復し息の詰まりがとれ、汗は収まり喘ぎも楽になる。11時30分空腹を感じるほどとなり、脈拍も100となって危機を脱した。再び原方から3剤とり、3時間毎に一回昼夜連続して服用させる。午後4時浮腫は消退し脈拍も82となり、杖をついて歩けるようになった。合計約31時間で附子0.75kg、山茱萸肉0.5kg弱を服用、以前から瀕死の状態であったが最後には治癒した。
by sinsendou | 2010-11-19 17:26 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その2

李可老中医 危急重症難病治療経験集   その2

二 本方の効果と主治

  本方は今にも陽が絶えんばかりのときにその陽を救うものである。どの内科、外科、婦人科、小児科の各科にあっても危急重症、或いは激しい嘔吐や下痢、或いは吐血・下血、婦人不正出血、或いは寒温の外感病に罹り大汗が止まらず、或いは長患いで気血を殆んど消耗し尽した……陰は涸れて陽は亡び、元気は暴脱し、心衰し生命の危機に瀕したとき(すべての心原性、中毒性、失血性による不全および急症が循環衰弱を引き起こす)、症状は冷や汗が滝のごとく流れ、四肢厥冷、顔色は晄白或いは萎黄か灰色、唇・舌・指の甲が青紫、口鼻の息は冷え、肩を上げ喘ぐような息をし、口は開き目は閉じ、二便は失禁、意識混迷、息はたえだえ、脈象は沈微遅弱、一分に50拍以下、或いは細い糸のごとく散乱し、或いは脈が壺から沸きだす潮のように急に速くなり一分間に120~240拍以上、そして古代医籍に載っている心・肝・脾・肺・腎の五蔵の絶症と七怪脈の絶脈など必死の症や、現代医学が救えずに放棄した危篤の病人、おおよそ今にも心拍停止しそうで息絶え絶えの者に本方を急いで投与し、1時間足らずで起死回生、3時間で危険な状況から離脱、一昼夜で安静に転じた。

三 臨床応用

  本方は厳格な中医学弁証論治の法則を厳守し、大胆かつ繊細に病機を守り正確に病勢を判断して用いなければならない。脈と証を合わせて参考にし、もし諸症が少しでも現れたなら直ぐに服用を開始してよい。おおよそ亡陽尽陰の最初の発端である隠れた心衰の典型的な症状が出現したら(たとえば動くと急に喘ぎ胸苦しくなり、常に睡眠中に息が詰まって目が覚め、寒気がして四肢は冷え、時々眠くなり夜間多尿や、無痛性の心筋梗塞による倦怠無力、胸苦しく汗をかく等のごとく)本方の通常量を直ぐに投与する;亡陽尽陰がすでに形成されている様なときには本方を多めに投与する;瀕死の状態のときには本方を大量に投与する。服用方法は急症に急治で昼夜を分かたず時間通りに連続服用させ、病人の生命を救うために有効な血液中に薬剤濃度を保つように、重症患者には24時間で3剤を続けて服用させる。

1.肺心病による心蔵、呼吸衰弱と危機的脳症の合併症

  教育局の老幹部閨祖亮、男、60歳。1995年3月24日早朝4時緊急運ばれてきた。診察すると患者は酸素吸入して、意識は混迷。顔色は死人のような灰色、唇・指・舌は青紫、頭からは油のような汗、ゴロゴロした痰の音、口鼻からの息は冷たい、手は肘まで足は膝までも冷たい、両下肢は泥のように爛れ浮腫み、二便は失禁、血圧は測定不能、息も絶え絶えだった。聞けばこの患者は阻塞性肺気腫を患い、かつて肺心病に罹って10年に達する。今回の発病は一週間、県医院で救えず6日、病は危機的だが今後の準備で退院。昨夜子の刻突然痰が詰まって喘ぎ意識不明となった。県医院内科の診断は“肺心病による心臓・呼吸器衰弱と脳の合併症による危機的状態”すでに病重く瀕死の際にいる。脈をみると豚小屋のようにとり散らかってはしばらくして動く。昔の人は云う、おおよそ病状が重いと寸口の脈は信用できない、そこでその下の三部跗陽・太谿・太衝を按じ、細弱に属すが弁証できる。この症は子の刻に危機に瀕したが、子の刻は陰が極まって陽が生じる時刻といえるので、細い糸ながらも生き延びるきっかけがある。早朝4時になり、十二経営衛の運行が肺経に当り、本経は活発化する。病状は悪化していない、つまり命の綱はまだ絶えていない。そこでいよいよ破格救心湯の大量投与、陽が絶え固脱するにあたって、割痰の三生飲と詰りを開窮し醒脳させ呼吸衰弱を救う麝香を加える:
  附子150g、乾姜、炙甘草各60g、高麗参30g(別に濃縮して服用)、生半夏30g、生南星、菖蒲各10g、浄山茱萸肉120g、生竜骨牡蛎、活磁石粉各30g、麝香0.5g(分沖)、鮮生姜30g、大棗10枚、生姜汁小さな杯に1杯。
  病状が危急なので、上記生薬をお湯1.5Lに加え強火で煎じ、出来上がったそばから昼夜分かたず頻繁に服させる。
  3月25日6時二回目の診察:一晩で上記処方一剤を服用させ終わった。子の刻が過ぎ発汗と喘ぎが収まり、肘と膝から先の氷の冷たさがなくなってきた。顔色が灰色から萎黄で紫色は少し薄くなって、痰鳴は大いに減じた。呼びかけに応じて眼を見張るがまだ意識朦朧。六脈は遅細弱代、脈拍48、一時ほどの散らかりはなく雨漏りの象ほどで、生き返るのに望みある。原方に附子を200g追加し、他の処方は変えずに日夜連続して3剤服用させる。
  3月26日三回目の診察:患者はすでに覚醒していたが、ただ呼吸は微弱で蚊の鳴くような声、四肢には温もりが戻り横になって寝むれて少しは空腹を知る。脈沈遅弱、脈拍58、不整脈は見られない。長年来あった喉の痰鳴がなくなった。患者の妻が云うには、昨夜は大量の排尿により床まで汚してしまったが、それによって下肢の浮腫みがなくなった、これは正に大量の附子による破陰回陽の効果である。真陽が盛んになれば暗陰は自ずから消える。病はすでに危機を脱してはいるが元気は回復してはいない。続けて原方から生半夏・生南星・菖蒲・麝香を除き、附子を150gに減量し、精気を固めるために温養肝腎の四味(枸杞子・菟絲子・塩補骨脂・仙霊脾及び胡桃肉)各30gを加えたもの三剤を与える。毎日一剤を煎じ3回に分服。
  3月30日四回目の診察:諸症はことごとく除かれ食欲も出て、すでに杖をつき散歩もできるほどとなる。五日間で四回の診察の中で附子は1.1kg、山茱萸肉0.75gを用いて危機的重症から九死に一生を得て救うことができた。方中で生半夏は降逆化痰の要薬で、用いるときには温水にて3回よく洗い、さらに等量の鮮生姜を佐として加えれば解毒として、また効果を強くすることができ、かなり妙用である。
by sinsendou | 2010-11-13 10:24 | 中医火神派①~50



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