人気ブログランキング |

いきいき元気! 感謝!

カテゴリ:中医火神派①~50( 51 )

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その30

李老中医 危急重症難病治療経験
その30

 六、小児耳下腺炎に苦寒剤の過度使用での氷結
  
  武潤芝、女、2歳、農牧局程青英の子、1976年10月22日初診。流行性耳下腺炎に患って2日、左の耳の下が子供の握り拳大ほどに腫れ発赤腫痛し、発熱嘔吐で体温は39.5℃、口を開けることができず乳も飲めない、手足は時々引きつけを起こし紫紋は真っすぐ命関に達していた。これは耳下腺炎の重症に属し、少陽の熱毒壅聚で既に熱極動風の兆しが表れている。先ず三棱針を以って十宣・十二井穴に点刺し出血させ、汗を得ることで落ち着く。普済消毒飲加蚤休・勾藤で疏となし痙厥を防ぐ:
  二花30g、板藍根・夏枯草・土貝母・芙蓉叶・蚤休殻10g、馬勃・勾藤・柴胡・升麻・牛旁子・陳皮・僵蚕・薄荷・赤芍・甘草核6g。
  上薬を冷水に1時間浸してから強火で7分間煮沸し、日夜連続して2剤服用。
  
  10月23日二回目の診察、熱は退き吐き気も止んだし、腫れは半分ほどになりいつもの様に遊び戯れているので、原方を2剤与える。
  
  10月26日、耳下腺の腫れは杏核の大きさにまで小さくなり、原方3剤与える。
  
  11月4日、まだ杏核の大きさで色は白く堅い、その上痰が多くゴロゴロした音がして、食欲は減少し便が稀となり、顔色は萎黄で艶がなく指紋が淡となった。小児の臓腑は未熟で気血が充実していないので、温毒に係わり重症とはいえ薬が病に当たればすなわち止めねばならない。三回目の診察をすると寒涼剤の過剰投与により中陽を損傷し、外邪が氷伏し陰凝不化となってしまった。誤治を救うために辛散軟堅を与えるが、釜戸は煙って消えかかってはいるとはいっても、灰の中にはまだ火が残っていて辛温の過用はできない。
  乾姜・元参・牡蠣・大貝・漂海藻核10g、生甘草・柴胡・桔梗・羌活・蝉退各5g、木香1.5g、甲珠1g(研磨して冲服)。
  水煎して服すこと3剤で全部消えた。病を見、病を治療する医家はおおいに戒めねばならない。症に相応し方にも相応し、また微細なことも掌握しなければならない。もし薬が病に対して過ぎれば、例え罰せられることがなくても、変症は生じるものだからくれぐれも慎重に。 
  
  七、小児の暴喘
  
  木器工場鄭素英の子、3歳、1976年10月8日夜半、突然に激しい喘息と痰のからまり、顔色は暗黒で無汗、喉からはゴロゴロという痰鳴が聞こえ唇は青く四肢は温かくない。聞いて判ったことは午後に脂ぎった肉の小さな塊を二つ食べさせたという。症は寒喘挟食に属し、小青龍湯加味を与える:桂枝・白芍・炙甘草・生半夏・雲苓・乾姜・五味子・麻黄・細辛・莱菔子・炙紫苑・炙冬花・帯殻白果各5g、白芥子10g(炒って研磨)、鮮生姜5片。
  上方を1剤服したら直ぐに癒える。凡そ小児の喘症や喉の痰鳴などは、上方を服せば速効がある。もし長年を経て治らなければ必ず腎元が不固となるので、腎四味各10gと胡桃2枚を加え三服すればその根を除くことができる。
  
  八、小児の半声咳嗽
  
  郭学之、男、14歳、水頭郭兆華の子。1983年4月17日、半声咳嗽が2年も治らず来診。その症はしばらくして“のど声”を出したが、そうでなければ胸が悶えるように詰まって耐えられないほど。脈を診ると細渋、舌の左に瘀斑がある。その病を得た始末を聞いても記憶がない。体は健康、食欲良好、普通に遊び戯れ、弁証できる証がない。その学校で義務労働に参加しているのかを訊いた。炭をかついで運び、腰かけやテーブルを運ぶと答えた。この子はとても強い子で負けず嫌いである。きっとこれは“労傷”咳嗽で、年少で体が弱く重い負担に負けた、また人に遅れることがいやで遂に内傷を起こし胸絡に瘀を留めたのではないか?しばらく痰瘀から論治:
  丹参15g、檀香・降香・砂仁各5g、桃仁・杏仁各10g、赤芍・川芎・桂枝各6g、炙枇杷叶・瓜楼各15g、韮白・紅花各6g。
  試しに服用させたら日に日に良くなり6剤服して全快を勝ち得た。その後多くの半声咳嗽の子供に遭遇したが、全て脈が渋ならば直ぐにこの処方を投じてみな癒えた。

  九、嬰児黄疸
  
  老友郭登科の甥の女子、生後7ヵ月。1,983年生まれて4カ月以上たって黄疸が発生し、2か月以上治らない。城関院のX線医師の診断では、肝脾が大きく腫れていて採血し化学検査を進言されたが、家長はこれを拒否したため確定診断ができていない。家人が知っている医者がいて、嬰児の肝炎は不治であるので仕方がないと言われた。そのままではかたわの子になってしまうかもしれないし、自然に生まれて自然に滅びていく方がいいかもしれないが、すでに処理の後のことは人に任せているし、ただ病気の子の母としてはじっと待っていることができずに日がな一日泣きあかしていた。そこで頼りにしていた祖父が出てきて余を招き、なんとか人事を尽くすように頼まれる。診察するとその子の顔色は暗灰色で全身が暗黄色、泣き声はか細く動きもなく静かで、体の下の床には一面に暗黄色の粉末が落ちていて、これは腹を手で掻いたときに落ちた黄屑で、よわよわしくやせ細っていた。乳を吸わせようとしても直ぐに止めてしまうし、肝脾はどちらも肋骨下半横指強ある。大便は灰白色、尿は濃い茶の如くである。四肢は温かくなく、指はやや涼、呼吸微弱。紙を細く捻じったもので鼻の穴をくすぐるとその子はくしゃみをして目を開けたが、両目はまだ有神に属しているし、足の甲の陽脈はゆっくり拍動していて、病が非常に重いとはいえ必ず死ぬとは限らない、しかしこれは重症の陰黄で遅れれば治らなくなるばかりでなく病機も誤るし、寒湿が深く血脈に入っているので予後を十分に考慮せねばならぬ。今回は茵蔯四逆合五苓で温陽泄濁し、藿香・佩蘭を加えて芳化湿濁、甲珠・桃紅で入絡化瘀、必ず治るとは保証できないがただ情況を斟酌して決定する:
  茵蔯30g、附子・乾姜・紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・藿香・佩蘭・炙甘草各5g、茯苓10g、猪苓・澤瀉・炮甲珠・桃仁泥・紅花各5gを煎じて濃汁150mlを取り、これに紅白糖30gを加え哺乳瓶に入れて、一昼夜に1剤、3剤与える。
  上方を続けて3剤服用させると、小便は清に転じ乳を呑めるようになった。また3剤を服用させると、大便は黄軟に転じ食欲は大いに増して母乳が不足したので、加えて練乳を3回飲ませた。肝脾はまだ触れるが顔色はもう明らかに潤紅となって全身の反応が速くなった。また3剤を与え合計で9剤を服用させると全身が一皮むけて癒えた。現在は15歳になり初級中学に上がり、身体壮健で渾名が“鉄塔”、智力も優れて、学業・身体・品行とも優れた学生になった。
 
  十、嬰児の幽門狭窄

  洗煤工場の祁傑の子、1990年冬に生まれた後連続して7日嘔吐が止まらず、水や乳が入らない、内科婦人科の会診意見は出産時期が超過して嬰児が羊水を呑んだため幽門狭窄を起こした。そこで次の一方を定める:
  赭石細末10g、生半夏10g、雲苓10g、甘草10gを煎じた濃汁に生姜汁10mlを混ぜて、さらに毎回麝香0.1gを混入してゆっくり飲ませると、2回服用して通じたので余った薬剤は捨て去った。合計4例を治療しみな癒える。


                                続く
by sinsendou | 2011-08-05 12:10 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その29

李老中医 危急重症難病治療経験
その29

五、疹毒内陥

 Ⅰ、1963年春、霊石の麻疹大流行で余の長女李萍3歳、靳村の乳母の家にいて伝染病に罹り4日、病で危険と夜を通して余の家まで送り返してきた。顔色蒼白で暗い灰色を帯び、唇青く鼻翼は気ぜわしく動き、肩を持ち上げ腹を膨らまし、指は冷たく足も膝の上まで冷え、痰が塞いで昏睡状態になっている。尋ねると最初は発熱咳嗽、涙目くしゃみで、誤って感冒に罹ったと一針を打つと熱は退いたが咳が酷くなった。次の日また発熱したので再度針を打って止咳薬を2片服用させた。また二日おいて喘咳と昏睡で食欲なし。見れば耳の後ろにバラ色の丘疹があり、耳がやや涼しくなって中指だけが冷たい、これは確かに麻疹に属すことに疑いがない。体温36.5℃、時すでに4日過ぎて当に標識が現れ(麻疹は上から下に至るので、先ず耳の後ろにバラ色で針の先の様な丘疹ができ、手で探るとき邪魔になる。4日目から顔面に麻疹が出て標識となり、徐々に胸背に及び、四肢や手足の中心にも麻疹が現れて出揃うことになる。)、すなわち退熱薬の誤用によって正気を損傷し、疹毒の外透を阻止して肺を攻撃したため既に疹毒内陥を形成し、肺炎を合併して亡陽の危険な症状に直面した。麻疹の本質は陽毒であり、発熱は麻疹が内から外に達するときの必然の症状であり、また疹毒が外透する唯一の出路で当に因勢利導、升麻葛根湯を以って辛涼透疹する。少女は痩せ衰えて病が寒化・虚化から気虚陽虚が酷くなって、已に辛涼透疹の常法は用いることができない。もし密閉された疹が出ないと塞がり張りつめそして死ぬ。そこで益気し助陽宣肺する托毒透疹の法に決め、針と薬の併用とで内外を兼治する:

 1.紅参10g(別にとろ火でゆっくり煮る)、附子・当帰・葛根各10g、麻黄・細辛・杏仁・升麻・黒荊芥穂・炙甘草各5g、赤芍・生半夏・雲苓各10g(鶏冠血1杯、鮮芫荽1粒、麝香0.5g、姜汁10滴を分けて一緒に服用)。
強火で煎じ小量を何回も頻繁に服用させる。

 2.両天井穴・少商穴の針をして、宣肺助陽と解毒透疹する。

 3.蕎麦粉2両、卵白を同量合わせたものに香油を数滴垂らし、揉んで丸めて団子状を作り、何回も胸背四肢に揉みながら擦りつけ、抜毒透疹する。

 上法を3時間で合計、針を1回、全身擦りつけ2回、薬の服用を2回用いて、翌1時ごろになって体温が37.5℃に上昇し、四肢の冷たさは退き乳母が乳を飲ませたら少しだけ飲むことができた。痰や喘ぎは大幅に減り唇の色も淡紅となったが、両目を開け看護人を見て、か細い声で泣くなどまだ神情は酷く疲弊している。また薬を2回服用させると、夜明けに額と両頬に淡紅色の薄く疎らな発疹がでた。また薬を2回服用させ全身を3回揉み擦りすると、昼の12時ごろになって胸背・四肢一面に発疹が現れ、体温は38.5℃に達し痰と喘ぎはなくなり、陰証回陽で乳を吸う力は強くなり、昨夜から今までに13時間かかり小便が出はじめ危機を脱した。そこで中薬の服用を止め、鮮香菜1束・むきみの干しえび1つかみを煎じた湯を飲ませた。加えて麝香0.2g、鶏冠血1杯を服用させると、午後3時頃になって手足の中心に発疹が現れ、平穏に寝入った。上に述べた諸法は、針について“疹の性は透を喜び、透ざれば解せず”で、“透”の字が終始貫徹している。少女は誤治変証に属し陽虚毒陥である。故に参附湯・麻黄附子細辛湯・三拗湯・升麻葛根湯・小半夏加茯苓湯の合方を以って、益気助陽・宣肺化痰、托毒透疹し、加えて鶏冠血・黒荊芥穂で血に入った毒を外に追い出し、麝香が窮を開き汚れを排斥して活血解毒し、同時に呼吸衰弱の危険を避け、鮮香菜の辛香で透疹し干しえびは“発物”であり托毒透疹の効果がある。外擦療法は結局内部資料を河北小児科王岩谷医師研究所に紹介したが、皮膚毛細血管を充血させ、血行を旺盛にして腠理を疎通し、疹毒の外透を促すことができる。胸背を揉み擦ることで肺炎の瘀血水腫を軽減することができた。余が小児・成人の麻疹を千例以上の治療を経て、温陽法を用いたものはたった一人の少女だけで、臨機応変に属するとはいえたまたま偶然中の偶然であった。疹は陽毒であり辛温を用いることを忌み、陰分を傷つけ毒勢を転盛させるので、誤用は死に繋がり軽々しく試してはならぬ。もし気候が大寒で陽虚気弱な少女が、疹毒の阻遏により出難い場合は、暫くは人参敗毒散加芫荽の托透を用いことができ比較的穏当である。

 Ⅱ.霊石中学教導主任康宝琦の女学芳、3歳。1963年春に麻疹を患ったが体質壮健で、4日目になり疹はすでに大部分は透発したが、はからずもその母が月経来潮し、また子供を抱きかかえて外出していたため風寒及び汚濁の気に冒され、麻疹が突然廻らなくなり熱毒が内攻し、40℃の高熱と激しい咳嗽さらに急な喘ぎと鼻閉、唇と指は青紫になった。ペニシリンを2日用いるが無効で高熱は退かず反って精神混迷が強くなり、ひきつけ卒倒し甚だしいと角弓反張となった。校医に治療を求めたが、病程が7日を超過して血液中毒で呼吸循環衰弱して力になれないことを認めた。その時たまたま巧いことに病気の子供の伯叔母が余の子の乳母だった。消息を耳にしてそこで病気の子を抱えて治療を求めて家に来た。その子を診察すると、意識混迷ひきつけや急な喘ぎで胸が高なり、胸腹は手を火傷するほどの灼熱だが膝以下は氷のように冷たく、唇は乾いて裂け舌絳点刺、既に3日も乳を飲むことができず、大小便もともに出ていない。証は疹毒が内攻したあと臓腑の燻灼に属し、熱毒により肺が閉ざされたばかりでなく心肝にも内陥し、肝風内動を引き起こして神明を蔽阻しているが、幸いなことには水を飲ませれば咽を通すことができるので、力を尽くして救済しなければならない。先ず十宣・十二井を重刺して出血させ天井を瀉して以って透疹とし、人中を重刺し以って醒神開窮すると、病気の子は声を上げて泣き出した。そこで疎通の大剤人参白虎承気合麻杏甘石で通腑瀉熱、急下存陰、宣肺開閉する:

 1.生石膏200g、西洋参20g(別にとろ火でゆっくり煮る)、麻黄・杏仁・炙甘草・葶藶子・大黄・芒硝・皂角刺・桃仁・紅花・牡丹皮・紫草・赤芍角10g、蚤休15g、元参・芦根殻30g、大棗10枚。

 2.羚麝止痙散5g、牛黄・麝香・熊胆各1g、8等分し辟穢開窮・透疹熄風する。

 3.鶏冠血10ml、血分に入り疹毒を透発する。

 上薬を強火で煎じて400mlに芒硝を溶かして少しずつ注ぎ込み混ぜ、毎回散剤0.5gと鶏冠血3mlとを混入する。

 4.摩擦法、胸背を重点に。

 上薬を11時50分に煎じて服用を開始、午後2時10分までに4回服薬し2回揉み擦りすると、悪臭の粘液便を1回下し小便も通じると高熱が下がって38.7℃になり、下肢も温かくなって疹毒が外透しだし、全身に麻疹がまた出て喘息は収まり咳も減少した。午後4時安らかに寝入って呼吸も穏やかになった。晩の8時には全剤服用し終わるとまた2回下して、その後授乳を開始し危機を脱した。次の日に診察すると、舌は光絳無苔となり、精神疲労と気陰消耗が甚だしかった。西洋参10gを煎じた濃汁と、鮮芦根・鮮白茅根の煎湯に白糖を加えさらに鮮梨汁100mlを混入したものを、一日何回も服用させ、連続して3剤を服したところで全快した。

                                続く



by sinsendou | 2011-07-28 10:53 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その28

李老中医 危急重症難病治療経験
その28

三  小児大脳発育不全症

  運輸社呉福全の子、呉紅英、2歳半、1975年2月1日初診。病となって2年、出生後間もなくわけもなく手足が引きつって、両目は吊りあがり、頭は揺れて舌を吐き出し、甚だしくは体が弓のように仰け反って息の止まらない日が一日もない。歯を食いしばるのでしばしば哺乳時に母の乳を咬んで傷つけた。かつて省の児童医院に赴き診察を受けた結果“先天性大脳発育不全症”と診断され治療法がないといって返された。途中外邪に罹り、高熱が39.7℃に達した。痰の声が鋸を曳くようで顔色は青惨、山根には青筋が現れて指紋は深紫で真っすぐ命関に伸びていた。患児は出生から今まで、喉の間から痰の鳴る声が間断なく続いていることを聞いて知った。今まで5日間大便がなかったが、偶然にも一回下痢をして諸症は少しの間好転した。証は痰熱久蘊に属し、また外邪を感じて熱極動風となった。礞石滾痰丸に似せて変え、清熱解毒・滌痰開窮・熄風止痙:
  1.三稜針の点刺で十宣・十二井・両耳先から出血させ、毫針雀啄朮を素髎・双合谷に点刺すると、患児は汗をかき大声で泣き出し目を覚ました。
  2.煅礞石15g、生石膏30g、牡丹皮・紫草・蚤休各15g、黄芩・大黄・天竺黄・菖蒲・郁金・胆南星・僵蚕・地竜各10g、甘草10g、羚麝止痙散3回分を煎じ濃汁100mlを取り、小量を何回も頻繁に投与し、熱が退いたら余った薬は棄却する。
  
  2月2日二回目の診察:日夜7回薬を服用させ、5回目の服用で膠粘状の痰涎を下し、3回の下痢とともに熱は退きひきつけは大いに減って、病を患って以来1日のひきつけが最少の7回だった。紫紋は風関にまで退いて山根の青紫もなくなり、精神の委縮は極めて短時間となり、舌紅少苔だが煙突の出口の閉合不良である。熱が陰分を傷つけたので、大定風珠3剤を与える:
  亀鼈甲・牡蠣12g、生地黄・白芍・麦門冬各15g、天竺黄10g、五味子・炙甘草各6g、羚麝止痙散を3回に分けて服用、卵殻粉3g(冲)、竹瀝15ml(混入)、卵黄2枚(薬汁煎沸中に混入)。
  
  4月3日三回目の診察:2ヶ月間で上方を加減して21剤服用させると、諸症はどれも軽減し体質は改善され、両目には意識が戻り目が合うと微笑み且つ言葉も話し始めた。数日前に風熱を外感し、熱が退いた後に痰鳴とひきつけがまた起こり、精神も痴迷に戻ってしまった。思えば《傷寒類方集参》に:“柴胡加竜骨牡蠣湯は和解鎮固で攻補兼施、良く肝胆の驚痰を下す……”と云って実に本病の症が実を結んだのは、正に重い借りに堪えているようなもので、潜鎮墜痰の品を加え開く:
  柴胡・桂枝・生半夏・紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・酒黄芩・酒大黄各5g、鉛丹3g(絹に包む)、生竜骨牡蠣・珍珠母・生鉄落各10g、炙甘草3g、鮮生姜3片、大棗4枚、竹瀝10ml(混入)、羚麝止痙散2g(分冲)。
  
  5月14日四回目の診察:上方を隔日に1剤ずつ全部で20剤服用させた。毎回の服用毎に白色膿状の膠粘痰涎を有する便を下し、17剤に至って漸く黄色い軟便となった。精神は大変清らかになり食欲も大幅に増えた。ひと月の内に毎食の急性胃カタル(その母は既に母乳は出ない)は、その発作が一二回になった。体質は明らかに改善し、一人の黒く痩せた小さな女の子から、一人の小さな白いふっくらした女の子に変わった。腎は先天の本であり脳を主どり髄を生じると思うので、すなわち血肉有情の品を以って培元固本、腎督を補い脳髄を益し、化痰で鎮驚通窮し、散剤で緩やかに本治を計る。
  全河車・黄毛茸尖・卵殻粉各30g、羚羊角・全虫尾・大蜈蚣・熊胆各10g、麝香5g、朱砂5g。
  粉にして一日3回、1回1gを服用。
  1983年2月5日に患児が急性胃腸カタルになって診察。聞けば上記の薬で半年以上にわたり治療し諸症は殆ど癒えた。今年10歳、すでに1年級に上がり、ここ10年間で急性胃腸カタルの発熱によってひきつけの発作が3~5回だった。その後結婚し、子供を育て一切が正常、ただ知力がいささか相違するだけである。
 
  四、小児暴発型脳炎
  
  霊石車駅温礼鎖の子、13歳、1977年3月14日、登校途中突然悪寒発熱、頭痛嘔吐目眩して、校長に抱えられて家に戻った。ペニシリン注射・アンナイジンでもコントロールできず余に診療をまかされた。体温39.7℃、頚項は硬直し度々ひきつけを起こし、体が弓のように反り返り、噴射状に嘔吐し体は焼き炭のようで、四肢は厥冷、胸背部に瘀点や瘀斑があり、心は虚ろでうわ言を話し、小便赤く便秘、とても口が乾き冷たいものを呑む、脈滑数、歯を喰いしばっているため舌を診察できない。血液検査によると白血球2万、中性球90、脳髄液の検査の意見を家長は拒絶した。脳膜刺激性は陽性。症状を見ると暴発型脳炎の特性に符合し、同班同学ですでに何人かこの病気で入院し、石灰工場の子供は救治が及ばず死亡した。そこで急ぎ山稜針を以って十宣・十二井・十足趾・百会・大椎に重刺して出血させ、両手の中の縫穴に刺して粘液・黒血を流した。毫針を雀啄朮瀉涌泉に、点刺を素髎・人中・合谷に。針を施した後その患児は全身から汗が出て、嘔吐は止み蘇生した。再び検温すると体温はすでに1℃下がっていた。弁証は蘊毒熾盛に属し、気血両燔、熱深厥深、動血が営に入り、陽明に熱が結んで、肝風が引き動かされ、邪が心包に閉じ込められて重症となった。清蘊解毒で清気を涼血し、邪熱を蕩滌し熄風を開窮して治となす:
  1.羚麝止痙散15g、玉枢丹2瓶、を5等分にして2時間に1回。
  2.生石膏200g、牡丹皮・紫草・蚤休各15g、二花(金銀花)60g、連翹・生地黄・大青叶・芦根各30g、大黄・甘草各15g、青黛10g(包んで煎じる)、芒硝15g(冲化)に冷推500mlを加え1時間浸けこんでから、強火で10分間煮沸し、煮汁1,000mlを取り3時間毎に1回200mlを昼夜連続して服用させる。

  3月15日二回目の診察:24時間以内に1剤を全て服用し終わったが、3回目の服用の後悪臭を伴う便を2回下してから、熱は退いてひきつけは止まり、頭痛・嘔吐もまた止み危機を脱した。今日の体温は38℃で呼吸は短く弱く、汗があり話し声は低く、舌紅脈数。気津が消耗し、正気の欲脱が見られる。原方の生石膏を半減させ玉枢丹・硝黄・羚麝止痙散を除き、西洋参15g、麦問冬20g、五味子10gを加えて2剤、1剤を六つに分け3時間毎に1回、昼夜連続して服用させる。1剤服用すると熱は下がり、空腹を覚え食べ物を欲しがり、2剤の服用を終え完全に健康へと戻った。流行性の脳発病は急で病勢は危険、余の所の病例で、大変少ないが衛気営血が進展変化する場合のように、発病して直ぐに見ると気血が両燔し陽明は熱結、動風驚厥し邪が心包に内陥する、故に早く諦めずに下すこと。大黄は熱毒を蕩滌、いわゆる釜底抽薪で、毒血症・脳の病変に対し迅速に脳圧を低下させ脳部の瘀血水腫を軽減させる効果がある。






                              続く

by sinsendou | 2011-07-16 12:35 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その27

李老中医 危急重症難病治療経験
その27

 二、無熱驚風が痿となる

  温文祥の幼女、7歳。1980年5月28日夜中2時、突然手足ひきつり体を仰け反らせ、歯を食いしばって両目は吊りあがり、一回の発作が約5分間続いた。病が起きてから下肢が痿となり、両足で立ち上がることができず立とうとするとつまずいてひっくり返った。入我院小児内科で3日観察治療するも無効。破傷風を疑うが調べても外傷の痕跡はなく、脳や脊髄の病変を疑い急ぎ晋中二院へ転院治療すること3日効果なく、更に頻繁に発作を起こし何回も窒息状態が発生した。会診の結果、本病は大脳酸素不足の時間が長すぎて、病状は危急で救うことがたやすくないと認めた。即ち治療して治っても痴呆となることが免れられず、転院を意見される。この子の家族は絶望の下、連夜霊石に急いで引き返し、人事を尽くすため最後の診察に余を呼び迎えた。患者を診ると気息は微弱、冷や汗は滴り顔色は萎黄で艶がなく、唇の色は青味がかり精神はぐったりして元気なくぼんやりして、二便は失禁し首の後部は力なく左右に倒れた。呼べば目覚めるが両目は虚ろで、手足四肢は震えが止まらない、約10分に一度大発作が起こり、発作の時は体が海老のように反り返り、呼吸は止まって脈象は模湖として微弱。尋ねると生後に乳が出ず、自らも幼い時から体が弱く病気がちだった。明らかに先天不足・後天失調と繋がりがあり脾腎両虚である。腎は骨を主どり髄を生じ脳は髄海であり、腎が虚せば精神は怯えて動作が強くできず、脾は四肢を主どり脾気が虚せば四肢末端まで達しないので、痿弱で立ち上がることができない;病は夜子の刻に発して営衛不固であるところに急激に寒邪を感じ、寒は収引を主どるので頻繁なひきつけが止まらない;まして10日も重病で小児の臓器は弱まり気血が殆ど消耗し尽くし、大汗が止まらず時々虚脱しそうになる;天柱骨は倒れ二便は失禁し、腎気は敗滅し死証となっている。ただ気血を俊補して暴脱を救うしかない。まず高麗参の粉5g、麝香0.3gを服用させるように命じ、呼吸衰弱を救い痙攣を止める。服用後20分でひきつけは止み、精神は清らかに転じた。そこで詰まりを取り除く一方:

  生黄耆100g、山茱茰肉90g、当帰15g、高麗参15g(別にとろ火でゆっくり煮る)、附子10g、生竜骨牡蠣粉各30g、活磁石30g、白芍15g、亀鹿二膠各10g(溶かしてから混入)、腎四味120g、炙甘草15g、麝香0.15g(分けて冲服)、鮮生姜5片、大棗10枚、連皮胡桃4枚(打ち砕く)。
  
  煎じて濃汁500mlを取り、5回に分けて2時間に1回服用。
  
  次の日に再診すると、ひきつけは12時間以内に収まり、汗は退き呼吸も整って食事も開始された。上方を少なくして又6剤を服用させて治った。本方は当帰補血湯の黄耆を多量に用い、参附龍牡救逆湯に上下吸納作用の活磁石を加えたものを合わせ、張錫純氏の来复湯の救脱も合わせ、更に血肉有情の品の補五臓、腎気を鼓舞する腎四味を加えたものである。小量の麝香は脳の酸欠を救い、呼吸中枢を振奮させ窒息を解き、痙攣を止め、無論どんな閉脱にも卓効があり且つ小児の知力を正常に保ちながら治癒させる。余は数十年にわたり上方の加減で、各種原因によって引き起こされた小児慢性脾風証を数え切れないほど治療してきたが、後遺症が出たものは一例もない。古代医藉で論じられている“死証”は、実はそのようなことはない。三四を生かすべく救うことに全力を尽くし、できなければ不治となすしかない。もし虚名を保ち救わず見殺しにしたら、吾輩の天職に傷がつくこととなる。

                            続く
by sinsendou | 2011-07-08 10:58 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その26

李老中医 危急重症難病治療経験
その26

小児の急危重症医案

一、高熱驚風危険症
  
 檀鎮塊樹源村、王章の子生後4ヶ月、1990年1月7日深夜2時、夫婦二人で子供を抱え治療を求め家までやってきた。近所の罹りつけの医院には危険な病であると通知され、地面に跪き起きない。余は急いで寝床から起きた。尋ねると急性肺炎の高熱で痙攣により入院、一昼夜経ってもコントロールできなかった。患児は高熱昏迷、体温39.7℃、歯は硬く閉ざされ身体は弓のように反り返り、両目は上に引っくり返り痰が鼻に集まって塞ぎ、約5~6分に一度頻繁に痙攣をおこす。唇指は青紫色、四肢は冷たく体は焼き炭の様で、紫紋は真っすぐ命関に繋がっている。証は風熱犯肺に属し、痰熱内結、熱極動風、邪陥心包。急ぎ三稜針で手足10本の両指先・両耳先・百会・大椎を点刺し出血させる。患児は大声で泣き始め全身から汗が出て四肢が温かくなったので、毫針飛針で点刺を涌泉・合谷・人中に、雀啄朮刺を素髎に約1分間すると患児は蘇生し痙攣も止んだ。先ず羚麝止痙散1gに麝香0.3gを加え服用するように命じた。詰まっていたものを通すために清熱熄風、宣肺滌痰、開窮止痙の剤。余が書いた手紙を持たせ城関院夜間薬房に薬を取りに行くように命じる。

生石膏30g、麻黄・杏仁・甘草・丹皮・紫草・天竺黄各10g、芦根30g、蚤休15g、竹瀝20ml、葶藶子10g、大棗10枚。
 3時ぐらいに余が薬を煎じていると、この時すでに患児は乳を吸うことができるようになっていた。3時15分薬汁60mlを取り夜が明け始めて薬35mlと散剤を三回服し癒える。余った薬汁は不要で捨て去る。散剤2回分与えて余熱が再び盛んになることを防ぐ。夫婦二人は非常に喜んで帰っていった。
 
 注釈:急性驚風(ひきつけ)は小児科の四大症の一つで、小児科では常に見られる急危重症に属す。それは1~5歳の嬰児小児に多発する。1歳以下の発病が最も多い。その勢いはひどく危険で知恵遅れとなり、重いと小児の命にまで危険が及ぶこととなる。本証の多くは実症・熱症に属す。小児は稚陰稚陽で臓腑もかよわく、臓気は軽やかで活発、伝変は最速、少しのことで直ぐに変わり全快もまた早いので、急性症には急治がよろしい。まずは針を刺し解熱開窮止痙し、病勢の伝変を阻止する。針刺が一つ終わるごとに病は少しずつ改善する。弁証を確かにしたからには方剤は多いほうがよろしい。小量を何回も小児が動かないように押さえつけて薬を与え、血中の薬の濃度を保つようにする。辺鄙で荒れ果てた所に薬をあげても簡単には変えられない、どちらかといえば多くを備え少し服用させる、学習し適当な程度を覚え病に的中したら直ぐに止め、余った薬は不要なので捨て去る、急用は備えがなくできないので病機は遅延してしまう。
 
 この小児の病例は急性肺炎合併によるので、麻杏甘石湯を以って主となす。その中で石膏・牡丹皮・紫草の三薬を合わせて犀角の代わりに用いると、高熱を退かせる奇効がある。蚤休は清熱解毒であり熄風定驚の要薬で、ほとんどの毒蛇・毒虫の咬傷・疔瘡悪毒を治すほど解毒力は最強で、血分に入った病毒を清除し護心醒脳もできまた独特の止痙の効能があるので、方中の主薬である。竹瀝・天竺黄・葶藶子は清熱瀉肺滌痰、芦根は清熱養陰。羚麝止痙散(羚羊角3g、麝香1g、蝎尾12隻、蜈蚣2条を粉末にして3分割して服用)は余が小児の高熱驚風の救急に開窮醒脳として常に準備している薬である。軽症には単服で直ぐに効果があり湯剤を服す心配がない。もし小児が窒息の危険があるなら別に麝香0.3gを加えればその危機はたちどころに解消される。麝香によって呼吸中枢を興奮させるだけでなく、汚れを除き醒脳させ大脳の酸素不足を緩解させる。故に余は本病数百例の治療を経て、殆どは10時間以内に全快し後遺症は一例もない。もし乳積化熱で本病が引き起こされたら、保和丸にこの方を加減して与える;裏実なら釜底抽薪をするため大黄5gを加え、別に泡汁を混入して下痢をしたらこれは除く。小児の急なひきつけは外風・熱・痰・食でなく祟りであり、上方を加減して通を以って治すことができる。

                               続く
e0021092_13262119.jpg

by sinsendou | 2011-06-30 13:23 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その25

李老中医 危急重症難病治療経験 
その25

 余は中医臨床と探索にあたって46年、毎回急な危険重症例に遭遇し、毒劇中薬を使用して救治し起死回生の効果を獲得してきた。難しい涸疾を疑われる時もこれを用いて病状が直ぐに危機を脱し、しばしば長患いから起き上がった。その中で使用量の最も多いのが附子で一生に累計5t以上になる。その次が川烏頭でやはり3t以上で、治した人は二万名以上に上るが中毒は一例もない。調遺に従いこれを使って病を治し危篤を救いなおかつ人体に障害を及ぼさないようにするには薬中の猛将をいかに制御すればいいのか?《傷寒論雑病論》中にこの奥秘がすでに示されている。仲景が歴史上最も早く烏頭・附子剤を運用し、しかも使用頻度が最高である。仲景は方中烏頭・附子を多く生で用い、用量は大量で今は本当に少ない。無害の保証はあるのだろうか?全ての経方の配伍で炮制と煎服方法上で道理が見える。

  《金匱》の烏頭湯を以って例とする:本方は麻黄・芍薬・黄耆・炙甘草各3両、川烏頭5枚。川烏頭1枚は大小平均5gなので大体25gぐらいである。炙甘草3両については、漢代の一両は今の15.625gであるから合わせて16両では即ち48gとなり、丁度うまい具合に川烏頭の2倍となる。烏頭湯の煎服法にはまた深い意味が含まれている。まず蜜2升(漢代の1升は今の200ml)で川烏頭を煎じ、1升になるまで煎じたら川烏頭を去り蜜は用いるまで保存する。蜜で煎じた川烏頭は二重の意義があり、一つは蜜が百花の精華であり良く百毒を下す、とりわけ川烏頭の毒性に打ち勝つには一番、二つには粘調の蜜汁を以ってとろ火でこれを煮れば必ず毒性の分解に影響する。川烏頭の素早くて強く燥烈な薬性はそれだけで害をなすことはない。それから全方薬5味を水3升で以って煮て1升を取り滓を去って、煎じて穏やかになった川烏頭蜜と混合し再び煎じればなお一層毒性は中和される。もう一度服法を見る:7合を服す(140ml、全剤の2/3とする)。

  服薬後の効果を尋ねると:“知らずにこれを服した。”服用後の舌や唇が少しでも痺れを覚えれば“知る”とする。“知らず”とは――無の如くのこの感覚で、したがって“これを服用し尽した”すなわち残った1/3の薬液全部を服用し、“知る”を以って判定とする。一般病人は烏頭湯140mlを服しすぐに効果がある。体質異常者はこの量では病を中てることは出来ない。当然一剤薬全部を服用して初めて効果が出始める。余は《金匱》を読み烏頭湯の項に至り反復吟味し、深く感じたのはこれが必ず仲景が当時新しい経験や新しく試した身近な体験談で、憶測などでは決してない。仲景は1700年以上前にすでに臨床応用で烏頭・附子剤の成功経験を得ていた:その一、すべての烏頭・附子類方(附子湯を除く)において炙甘草を烏頭・附子の倍量使用している、甘草は善く百毒を下し甘緩でその辛燥を制御する:その二、蜜は川烏頭を制御し、蜜は百花の精華でもあり、芳香は甘醇・涼潤でよく百毒を下し並びにその燥烈を制御する:その三、余は薬を別に煎じて取った汁と蜜とを再び煎じることで毒性を中和し、烏頭の毒性を最低点まで降ろして使うが治療効果に変わりはない。

  上法に従って川烏頭を安全穏当に応用する。万に一つも失敗のないように確保し余は60年代から次の3条を具体的な方法として加えている:
  
  1.すべて烏頭剤を用いる時は必ず倍量の炙甘草と蜂蜜150g、黒小豆・防風各30gを加える;すべて附子が30gを超過して用いる時は原方にあるかないかを問わずみな炙甘草60gを加え監督制御を有効にすべし。
古今より各家は本草の論証を知識として得ている:
  炙甘草は扶正解毒し、烏頭・附子の毒を殺す。
  蜂蜜は補中潤燥、止痛解毒する。肺燥の咳嗽、腸燥の便秘、胃脘の熱痛、鼻炎口瘡、湯火熱傷を治し、烏頭・附子の解毒をする。
  黒小豆は活血利水、去風解毒し、水腫脹満、風毒脚気、黄疸水腫、風痹筋攣、産後風痙、口噤、瘍腫瘡毒を治し薬毒を下す。《本草綱目》:“煮汁は砒石・甘遂・天雄・附子・・・・・・百薬の毒を下す。”
  防風は発表去風、勝湿止痛する。風寒外感、頭痛目眩、項強、風寒湿痹、骨節酸痛、四肢痙攣急、破傷風を治す。《本草求原》:“烏頭・芫花・野菌諸毒を下す。”《本経集注》:“殺附子毒。”
  
  2.凡そ剤量が30gを超過した時、烏頭剤に水2500mlを加えとろ火で煮て500mlを取り一日3回に分けて服用し、3時間前後煎煮すればもう烏頭塩の劇毒の破壊に有効となる。慢性の心臓衰弱に附子剤を用いる時も水1500mlを加えとろ火で煮て500mlを取り一日に2~3回に分けて服用する。危急で瀕死の心臓衰弱の病人に多量の破格救心湯の用いる時は、即ちお湯にて強火で急煎し規則に縛られず煎じるそばから飲ませれば、たちまちの死から生命を救うことができる。この時附子の毒性は正に心臓衰弱の病人の救命仙丹でありいろいろ考える必要はない。
 
  3.余が凡て用いる烏頭剤について、必ず新しい臨床家に新しい煎薬の模範を示している。病人が服薬後は必ず見守り観察し、服した後の唇や舌の感覚を詳しく尋ねる。病人の安全無事を待ってからやっとその場を離れること。

  以上の三か条の保証があって、また配伍上煎薬の方法が上のように進歩改良されて、採取した全薬に蜜を加え一緒に煎じ、時間をかけて煎じれば治療効果は保証され、また安全穏当となって万一にも失敗はない。1965年に余は川烏頭の中毒に遭遇し瀕死2例を救急したが、それは生大黄・防風・黒小豆・甘草各30g、蜂蜜150gの煎湯で生緑豆粉30gを服用させ、どちらも40分以内に救活した。これによって反証ができ、新定烏頭湯の使用による中毒の心配は絶対にない。
  以上これは私が一生に運用した烏頭・附子剤による医学の難題の一つを克服した経験や心得であるが、青年一代中医臨床の参考に供するものである。


                               続く
by sinsendou | 2011-06-22 12:21 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その24

李老中医 危急重症難病治療経験
その24



  某、男、56歳、河南人、静升村で長年放浪生活。その一生を煙草と酒に費やした。3年前両下肢の血栓閉塞性血管炎で省二院において両膝を切断した。手術後すでに不具者になっていたが全ての思いが灰と化してしまった。自分で木版の車を作り、手を足の代わりに使い、日々喫茶店や酒場に出かけて行って一日酔っ払っては寝込んでいた。禁止にも関わらず一日に煙草を3~4箱吸っていた。手術後半年以上経って1964年9月17日、切った足の処が電撃様の激痛が始まり、周囲は紫紅色で潰れて爛れ膿水で悪臭がし、腐乱して骨が覗いていた。人を頼んで余に診療を求め、見た証が上の如くであった。六脈は洪大そして虚、舌紅少苔。最近2ヶ月は夜間に3度の心絞痛の発作があり救急によって危機を脱していた。意気消沈、何回も安眠薬を服用し、解脱を求めるがゆえに死にたがった、病痛は人生における一大不幸であり、穏やかな言葉でなだめ、酒と煙草を慎むように言い聞かせ元気を出させた。証は湿熱化毒に属し、血瘀気弱でまた真心痛を兼ね処置することが難しい。そこで《験方新編》四妙勇安湯合丹参飲を与え、清熱解毒・下病上取で生黄耆をたくさん加え益気托毒生肌し、生水蛭・炰甲珠で栓塞を破り、化瘀通絡して治とする。

  生黄耆240g、二花(金銀花)・元参各90g、当帰・丹参各60g、甘草30g、檀香・降香・桃仁・紅花各10g、砂仁5g、別に生水蛭・炰甲珠・醋元胡各6gを砕いて粉末にし、分冲して用いる
  洗面器で薬を煎じ濃汁1500mlを取り、6回に分けて日中4剤夜2剤服用させた。

  9月25日二回目の診察:患者には看護する人がいないので、平均二日に1剤の服用で2剤を服用した時、患部の灼熱感と激痛は消失した。4日目の午後には膿水が消失し5日目には崩れて爛れていたところにかさぶたができた。6日目には左側のかさぶたは剥がれ落ち、薄紅色の肉芽が見え心絞痛もまた癒えた。原方を更に3剤服用を言いつけ、ついに癒えた。それから3ヶ月経ってまた診療の要請を受けた。患部を見るとまた膿水が滴り落ち始め、周囲は紫黒で悪臭漂い、夜も寝られぬほどの激痛がある。脈を診ると洪大で無秩序、腰は折れるように痛みわずかに喘ぎ、そのように変わった理由を尋ねると決まり悪そうにして口を開かない。そのふしだらな行為を知ると、房室の禁を犯し腎気を傷つけ生命の根基を動揺させることが一年に60日ほどで、論じて治すのは口で言うほど容易ではないので、穏やかにお断りをした。ほどなくして故郷の親戚の者が原戸籍を取りに来たが、それまで亡くなられたことを知らなかった。
 
 注釈:本病は中医の“脱疽”の範囲に属し、寒湿の邪により血脈を痹阻し、永い月日で足の指の壊死脱落となり、悲惨で見ていられない。おおよそ陽虚寒凝と湿熱化毒の二型に分けることができ、瘀阻不通はどちらの型にも共有するものである。故に活血化瘀の法は必ず終始貫徹しなければならない。そして気は血の帥、気巡れば血巡る、なので寒熱を問わずみな黄耆が君薬である。気が旺盛ならば血行を推動させ、さらに生黄耆は托毒生肌に最も優れていて瘍の要薬でもあり、また脱疽に真っ先に選ばれる要薬でもある。その薬性は和平で効果をだすために特別大量に用いても無理がない。

  寒凝型には当帰四逆加呉茱萸湯烏頭湯を証に随って加減し、大辛大熱で開氷解凍すれば極めてよい効果がある。《傷寒論》で当帰四逆湯の養血通脈は手足の厥寒を主に治し、脈が絶えんばかりに細く(ちょうど血管炎で足部の動脈消失の特徴に合う)並びに経絡に寒が入りおこる腰・股・腿・足の疼痛を治す。古今の中外医家は色々な凍瘡を治療するのに用い、その治療効果は顕著に優れている。もし内に久寒があり血分に深く入って“沈寒固冷”の状態を形成していたり、また寒が収引を主どり経脈が攣縮疼痛するときは呉茱萸生姜白酒を加え、合わせて当帰四逆加呉茱萸生姜湯(呉茱萸は最善の解痙剤)とすれば更に良くなじむ。本病の病程は余りにも永すぎてただ単に血虚と瘀血だけでなく、その寒凝の程度は氷結の如くであった。そのため《金匱》烏頭湯の大辛大熱を加え用い、十二経表裏内外をめぐらせ開氷解凍し更に虫類の化瘀破超徴の力を加え、あたかも陽光の一照らしのように氷雪を消融し、栓塞を一通させ病を治癒に向かわせる。この法で寒凝型血管炎を7例、風湿性・類風湿関節炎・坐骨神経痛を数百例治した。西北地方病の“柳拐子”病(四肢間接腫大硬直後遺症)や部分硬皮症に対してみな優れた効き目がある。経方は世界的医学の難題に攻め勝つ一つの貴重な鍵であり、その効果は述べ尽くし難い。重要な点は経方の応用で必ず大量に用いることで、愚見であるが原方の半量を計量してよしとするのは、困難なことを避けて間に合わせにやっておくことでものの役に立たない(この点は80年代以後何回もの考古発現による漢代度量衡制が実証している)。

  熱毒型には四妙勇安湯が最も効くがさらに生黄耆を加え化腐生肌すればもっと速い効果がある。余は虫類薬の甚だ強い穿透攻破の力を用いて、活血化瘀が栓塞を破る手助けができ本病の難関を攻め勝ことができた。一切の創傷・瘍疽には皆当然のことながら房事は禁止である。もしその禁を犯せば軽くても癒合の後に黒い傷痕となって残り、酷ければ腎気が破れて死に至る、絶対にわざと人を驚かす話をしている訳ではない。


                                    続く
by sinsendou | 2011-06-15 10:58 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その23

李老中医 危急重症難病治療経験
その23

血栓閉塞性血管炎の同病異治 

――仲景の運用した毒劇中薬烏頭附子の経験


  霊石城関派出所所長、高興亮、51歳、患者は1941年に抗大学員を護送し治安を計りに赴いた時、途中山西寧武県の摩天嶺で厳冬の大雪で山に閉じ込められ、深い雪で膝まで没し凍死者7人、多くの人が凍傷によって手足の指を失った。本人は幸運にも肢体共大丈夫であったが、ただ酷い凍傷を受けた。1966年に両下肢の冷痛が発現し、何回も入院治療をしたが無効で1976年にはさらに病状の悪化へと発展した。山医の一・二院と省人民医院など5か所の大医院に7カ月入院した。確定診断は脳動脈硬化・心筋下壁梗塞・両下肢血栓閉塞性血管炎だった。その後晋中二院に赴き下肢出血療法を10数日にわたって受けるが無効で、足を切断するように意見された。絶望の下、患者は1976年9月7日余に救いを求めた。診察すると両下肢の膝から下が氷の様に冷たく、特に左側が重く足首は青紫色で、電撃様の激痛が日夜休まず続き、左上下肢は麻痺していた。胸部は脹塞刺痛し、発作時にはニトロで押さえていた。脈は沈細遅微、両足背動脈消失。顔色は暗くくすんだ青白色で、寒がり精神は倦怠。この証は寒邪が血分深くまで潜伏することで血脈が痺阻し、真心痛及び重症の脱疽となった。かつ病歴は30年の永きにわたって沈寒痼冷の頑症となっているので、大辛大熱で十二経表裏内外を温通する烏頭・附子の様な猛将でなければ任に堪えることができない。そこで当帰四逆加呉茱茰生姜湯合烏頭湯に、絡に入って捜し削ぎ取る虫類と、汚れたものを除き窮を通ずる麝香を加え、合わせて大辛大熱で開氷解凍し、益気破瘀・通絡定痛の剤となす:
  生黄耆240g、附子・当帰各60g、川烏頭・丹参・黒生豆・川牛膝・防風各30g、麻黄・桂枝・細辛・赤芍・桃仁各15g、油桂10g、呉茱茰20g(熱湯で7回冲洗)、別に麝香1g、炮甲珠5g、生水蛭3g、全虫3g、蜈蚣2条を削って粉にし分冲、蜂蜜150g、鮮生姜40g、大棗20枚。
  水2,500mlを加えとろ火で煮て500mlを取り、これに黄酒500mlを入れて日中3回夜1回の4剤を服用する。
  余はその家に住み込み片時も離れず、家人らは安心した。1剤を服用しただけでその夜はぐっすり安眠できた。また続けて3剤服用し諸症状はほとんど退く。原因の左足大腿内側の潰瘍また傷口も塞がり、心絞痛及び下肢電撃様激痛もまた消失した。その後患者は毛冬青針15箱を注射して遂に全快した。1999年の冬に訪れると、患者は既に76歳の高齢になっていて協助街道居委会の仕事を辞め、現在は介休市土産会社の宿舎に住んでいた。
                                 続く

by sinsendou | 2011-06-06 12:13 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その22

李老中医 危急重症難病治療経験
その22

  注釈:この案例は中医の舌診に影響を及ぼすような、すなわち無苔舌が主病に関する、人を混乱させる一つの問題である。凡そ舌面が無苔で乾、或いは中心が地図の様に剥げたり、或いは舌が柿の様に紅かったり、裂紋が現れるなどどれもみな陰虚を主どっている。ただ臨床所見は気虚が少なくなく・陽虚が甚だしい亡陽に至る危険証の中で、この様な舌証の出現でもあり本案は即ち一つの典型的な病例といえる。当時病状は大変危険な状態でついには舌を捨て証に従い、すぐさま助陽解表・回陽破陰の辛熱大剤を投与した。その結果30時間以内に合計附子90g、麻黄・細辛・紅参・油桂各30gを用い、主証の解除と同時に舌上に薄白苔が生え始めそして津液が全体にいきわたり裂紋もまた癒えた。私は一生の間にこの様な舌証の病例に出会ったことが200例を下らないし、全部主証に従って相応の方薬を以って治した。長期観察を経て、すべて亡陽の状態に成っていて、かつ“陰虚舌”が見られる場合は四逆加人参湯を投与すれば、少ない時は4時間で多い時でも一昼夜で、乾紅無苔の舌(その中の殆どが絳舌)に苔が生え潤いも戻った。気虚が暫くして陽虚にまで及び“陰虚舌”が出現した場合、大剤の補中益気湯加附子30g、油桂10g、3剤で舌象の様相が変わった。肺結核・骨蒸潮熱にも陰虚舌が見られ、補中益気湯に黄耆60gを多量に用い、さらに烏梅・山茱茰肉・生竜骨・生牡蠣各30gを加え、甘温で大熱を除き土を補い金を生じさせれば、一週間で潮熱は退き舌象もまた変わる。

 一老婦人、76歳、右半身痺れ、膝から下が冷え足は浮腫み靴を履くことができず、口は渇かず飲みたくないし水を口に含んでも直ぐに吐き出してしまう。一眠りすると直ぐに目が覚め、舌は乾き動かすことができず、動悸や目眩がして再び寝入ることが難しく、脈遅細・舌乾紅無苔。大剤の人参真武湯を与え、3剤の後には浮腫は退き安らかに眠れて、舌上には薄い白苔が生え始め舌全体に潤い戻ったので、また大剤の補陽還五湯加附子30g、白芥子10g、全虫3g、蜈蚣2条を6剤服用後痺れも治った。
 
 一女性、22歳、両肺空洞型結核、骨蒸・潮熱が半月治らず舌光紅無苔・乾、遂には朱丹渓翁の滋陰退蒸法を用い、薬は亀鼈甲・青蒿・秦艽・黄芩・黄連の小剤を用いたが、子の刻になって大汗をかき四肢厥冷し、喘いで物を言うことができず便溏・脈微となったので、急いで張錫純氏の来复湯合大剤の参附龍牡救逆湯を投与し、30分後に危機を脱し舌上には薄白苔が生え始めかつ骨蒸潮熱も二カ月発症していない。

 一友人、45歳、舌の真ん中に5分硬貨大の光紅無苔があり、尿は熱っぽく頻繁だったので、知柏八味丸の5日間服用を命じたが無効、さらに無苔範囲が反って拡大し、かつ乾き裂けて出血や歯茎からも出血が現れ、脈を診ると沈細で口渇なく膝から下が氷の様に冷え、尋ねると最近異常に太り始め顔色も暗くなったというので、上の仮熱と下の真寒を断つために四逆湯1剤と附子30gを用い乾姜を姜炭に替えて与える。煎じてできたものは冷やして(上に熱があるので熱薬は冷たくして服用、盗渡上焦の法)、子の刻に頓服させると次の日には諸症はすべて退き、舌上には薄い白苔が生え始めた。

 一婦女教師、62歳、“乾燥総合症”を患って8年、最初に激素療法を用いたが無効だった。口は渇き潤いなく、水を多く飲めば飲むほど渇きは甚だしくなり、終わりには舌の渇きで動かすことができなくなり、唾液がないばかりでなく涙や鼻水もなく、陰道は乾きひび割れ、大便は乾結して羊の糞のようで、舌は豚の腎臓の膜を剥いだ様に紅く光り、唇は乾いて裂け口内炎が頻発した。かつて省内及び洛陽名医の中薬を数百剤服用したが、大体みな養陰増液の類、或いは辛涼甘潤、或いは養胃陰・津液保存で、何年も偏って用いられ無効だった。脈を診ると沈細微弱で、顔色萎黄艶がなく、四肢は温かくないだけでなく両膝から下は最も冷たい。そこで大剤の参附湯を以って命門の火を直に温め、蒸動を以って下焦気化の根である陽と陰を生長させ、附子は陽を通じて津液を与え、水を登らせ火を降ろす。そこで大剤の引火湯を以って佐とし陽を抱えることで真陰を増やすように、小量の油桂と米丸を呑服させれば引火帰原となって、10剤服用後には諸症状は退き舌上には薄白苔が生え始め津液も口全体に現れた。

 以上例をあげたが、四診には合参が必須であることが分かりそれで方を間違えることはない。舌診は一つの完成された学説を形成しているが、これは清代に温病学説誕生の後熱病による津液の障害であるので、温熱疫症にあって衛気営血弁証中特殊な意義がある。但し雑病中では、また種々の異常変局があり一概に論ずることができない。舌苔の生成はすなわち胃気の蒸化による。胃が虚なれば蒸化ができず、舌苔が反応できないのが真相である。そして人身気化の根は、下焦腎中の命門の真火にあって、この火が弱ければ火は土を生めない、すなわち胃気が虚となっている;金と水が相生できなければ、水液が全身に蒸騰流布することができない、故に舌乾無苔となる。左季雲氏《傷寒類方集参》の四逆湯方論の中に一段の話があって、陰陽気化の奥深いことについてずばり指摘している。その論説とは:“……附子は味辛大熱、経が言うには辛を以って潤いとなし、腠理を開発し津液を生じ通気するなり……”、“附子は津液を生ずる”、正に画龍点晴の筆であり、古人が発表していながらまだよく知られていないし、元来気はよく水を化すなり。明白なこの理論で、すなわち“乾紅無苔舌”の主病に対して納得がいった:温熱傷陰以外、雑病中に陽虚で気化が及ばずに、津液が蒸騰上達できないことがつまり病根である。真武湯はよく多くの余分な廃水を体外に排出し水腫を治す、すなわち四逆湯も津液を昇騰でき、つまり千古奇談ではなかった。清の末期、蜀(四川省)中の傷寒の大家鄭欽安氏はかつて唇焦舌黒・不渇少神の疾患を治療したが、これは真陽が断たれ極めて衰弱し津液を上に熏蒸できないためだった。鄭氏曰く:“当に陽気が一分縮めば肌肉は一分枯れると知り(李可注釈:正に陽生陰長であり、陽が減れば陰は隠れることの臨床活用)、これは舌黒唇焦ことの原因なり。四逆湯の力で先天の陽を回復させる、陽気がひとたび戻れば津液は升騰し枯焦は潤いたつ。”この治療で癒える。この証を微に入り分析すれば、悟る機会が訪れる。真假の間で疑わしければ更に弁証が重要な点になる。気化の理は、全て陰陽の二文字にある。一切の陰(四肢百骸、五官臓腑、津液水液)はみな静止的であり、古人はこれを“死陰”と謂った。唯ひとり陽の能力は霊動活発、生命の活力である。陽は統帥であって、陰は陽から生じ陽によって統められる。“陽気がもし空に昇る太陽であるなら、それを失うと長生きできないし明るくない。”下焦の一点である命門の真火が発動すれば、十二経は休まず循行し五臓六腑に気化が巡り、生命は生き生きとして進歩向上する。この火が一旦衰えると諸病が発生し、その火が灰となった時生命は終結する。先天の本の腎や生命の本原はこの火が拠り所である;後天の本の脾胃や気血生化の源もこの火が拠り所である。養生でこの火を損なえば長生きできず、病を治す時この火を損なえば命を落とす。附子は津液を招くことができ、気は水を昇らせる道理を知らないといけない。そして“乾紅無苔舌”が陰虚に属すとは限らないので、証に臨んで適切に弁証すること。
                                        
続く
by sinsendou | 2011-05-29 11:48 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その21

李老中医 危急重症難病治療経験
その21

重症結核性腹膜炎合併胆嚢炎

――無苔舌主病の病機理論を探る

  夏門鎮農民梁大仁、男、77歳。1998年8月17日、入院先の××医院内科にて急診したが、主症は全身浮腫・寒さに耐えられず・低体温・無汗、上腹部絞痛嘔吐。MRで右肋骨下に15×13cmの嚢性腫物が見え、白血球19500、血沈72cm/h、最終診断は結核性腹膜炎、急性胆嚢炎であった。急性期の対症療法を経て一週間後に腹水が出現し、2回摘出したが摘出するそばから腫れた。それに加えて清熱解毒利尿の中約31剤を服用させたが病は返って重くなった。9月22日病が危機的になったので退院し診察を請われた。直ぐに診察をすると腹は大きく膨隆して臍は出っ張り胸は平らで、喉からは痰鳴が聞こえ咳と喘ぎがひどく横になることができない。下肢は泥の様にぶよぶよに腫れ、膝から下は氷の様に冷たい。顔色は暗い灰色で両目に生気はなく、動悸や精神疲労で眠たがり、食欲不振・不渇、尿量少なく全身に時として震えがある。病に罹って35日、終始寒さを嫌い無汗。舌は柿の様な紅、無苔で乾、舌には裂紋が縦横に走り脈促細、脈拍132拍/分、太渓の根脈は細だが乱れてはいない。

  上記脈証から推断すると患者は八十歳に近く腎気はすでに衰えていて、病の初めに寒さを嫌い発熱無汗で、正気は虚してかえって邪は鼓舞して外透し、嘔吐や腹痛も同時に現れ徐々に腫脹が全身に広がってしまった。結局少陰(腎)の虚寒が本であり、太陽表寒の実が一緒に現れ、だんだんと太陰(肺・脾)の裏虚寒証に転じて肺・脾・腎の三臓が共に病んだ。重要な問題は本が寒証に属していることで、表裏同病と表寒がまだ解けてなく表気は閉塞して寒邪が出たくとも出口なく、また苦寒を用いたため雪の上に霜が加わるように三焦の気化が氷結してしまい、寒邪は皮毛経絡から積もり積もって深く内陥した。真陽は日に日に衰え膀胱が気化できずに集まった水は腫を形成した。脾の陽虚で水湿の運化ができず水腫が日ごと甚だしくなる。水が心肺を凌駕するので心悸し痰鳴を伴う喘咳となり、終わりには陰水が氾濫し五臓六腑すべてに重大な陰寒による困難を被ることとなる。精神疲労・嗜睡し四肢は厥逆、もうすでに亡陽の状態にまでなってしまった。麻黄附子細辛湯をまねて温腎助陽解表をまず先とし、太陽の表を開き閉じた肺を宣発して水道を通じ、真武湯を合わせて温陽瀉濁とともに帰原の火を益して以って陰翳を消し、人参を加えて元気を助け、油桂を加えて蒸動を以って下焦を気化する:

  麻黄15g、附子30g、細辛・紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)各15g、油桂10g(下げた後)、茯苓・白芍各45g、白朮30g、生姜45gに水1500mlを加えとろ火で煮て600mlを取り3回に分け3時間に1回服用させ、汗が出たら止め必ずしも飲みつくす必要はない。

9月23日二回目の診察:四肢は温かさが戻り腹脹はやや緩くなり、食べる気が出てきて起き上がれるようになった。高齢の危機的症状で胃気が戻ってきたのは大変良い兆しである。しかしまだ無冠で寒さを憎み厚い衣服を着たがる。眼球と胸腹は発黄し薄暗い黄色を呈し、尿量微、脈沈細、脈拍92拍/分、すでに差し迫った象はなく舌色も前回同様。表気が閉阻されてから長い日がたち寒湿が化せずに黄疸を発症した。薬を証に従って変え、原方に茵蔯五苓を加え温陽瀉濁し、正気を助け以って表閉を開く:
茵蔯・茯苓・白芍各45g、白朮・附子各30g、澤瀉・桂枝・紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・細辛・麻黄(別に包む)各15g、油桂10g(下げた後)、鮮生姜45g、2剤。煎服方法は前回同様で3時間に1回日夜連続して服用し、汗が出たら麻黄を去る。

9月24日三回目の診察:気持ちよく汗が出て上閉が開くことで下窮が通り尿量が大変多くなって、昨夜23時から今朝の8時までに尿量は3000ml以上になり、腹水の大半はなくなって黄疸も退色して淡くなった。食も進み一日に一斤程食べれるようになり、精神がはっきりし話し声も清朗で、脈沈有力、脈拍82拍/分。舌は活き活きとした紅色で全体に津液が広がり中心には薄い白苔我生え始め裂紋も癒えた。
上方から麻黄・細辛を去り海藻30g、甘草15g、別に全虫12g、蜈蚣2条を細かく粉末にして冲服する、2剤、毎日1剤。虫類は絡に入って結を散らして以って腫れ物を治す。

9月26日四回目の診察:黄疸はきれいになくなり腫れ物は縮小したので、方を改め:薏以仁・芙蓉叶・附子各30g、皂刺・白芷・柴胡各10g、別に川貝・炮甲珠各6g、全虫3g、蜈蚣2条を細かく粉末にして冲服すること3剤。

10月2日追って訪れると腫れ物は全部消え腹水もなくなっていて、六脈は全て緩で全治した。


                                 続く

by sinsendou | 2011-05-21 15:25 | 中医火神派①~50



「抗老化」いつまでも若くありたい。それを実現する漢方薬が「鹿茸大補湯」です。   毎週日曜日を定休日とさせていただきます。
神仙堂薬局 リンク集
カテゴリ
全体
今注目の話題
漢方
お客様のお喜びの声
季節の養生
病気にならない秘訣①~
店頭にて
がん①~
免疫①~
免疫パワーを高める養生法①~⑦
花粉症対策①~⑥
目のかゆみ①~⑤
鼻水・鼻汁①~⑦
中医学のかぜ治療法①~③
風邪①~⑲
のどの痛み①~⑦
なかなか治らない咳の漢方①~⑮
気管支喘息①~21
たかがニキビされどニキビ①~⑤
アトピー・皮膚病①~⑱
蕁麻疹①~⑯
皮膚掻痒症①~⑥
掌蹠膿疱症①~⑦
こころの病①~⑮
高血圧①~⑨
慢性疲労①~⑲
不眠症①~⑪
めまい①~⑫
耳鳴り①~⑳
頭痛①~⑫
肩こり①~⑤
胸の痛みと心臓病①~⑮
胃腸病 ①~⑰
食欲不振①~⑬
胃の痛み①~⑱
胃のつかえ①~⑬
腹痛①~⑬
便秘①~⑧
身近な病気 下痢①~⑨
腰痛①~25
ひざの痛み①~⑪
痛風①~③
肥満①~④
腎の働きと病気①~⑱
こじらせると厄介な膀胱炎①~⑩
頻尿①~⑩
排尿困難①~⑦
相談しにくい夜尿症①~⑥
冷え性①~⑨
不妊①~⑧
子宝の知恵 ①~⑯
月経痛①~⑦
月経不順①~⑲
更年期障害①~⑮
からだと健康①~
中医火神派①~50
中医火神派医案新選①~
麗しの島 台湾①~487
北海道の旅①~40
京都の旅①~74
神戸の旅①~⑯
西九州浪漫紀行①~⑳
沖縄の旅①~40
ハワイ旅行①~45
大塚国際美術館
ぶらり横浜 ①~
鎌倉散歩①~⑬
青背魚精
深海鮫スクアレン
深海鮫スクアレンプラスDHA&EPA
養脳精
スーパーナットーゲン
プラゲンΣ 胎盤素
スーパー酵素113
おすすめの本①~
我が家の人気者①~
その他
以前の記事
フォロー中のブログ
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧