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カテゴリ:中医火神派①~50( 51 )

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その40

李老中医 危急重症難病治療経験
その40

八、流産の前兆
  (一)
  張×娥、23歳、某工場女工。1967年10月7日急診。妊娠2カ月、昨晩就寝後に少腹が灼熱そして痛み、明け方の5時に出血し7時間経っても滴り止まず、出血色は鮮血で煩熱と口苦し、折れんばかりの腰痛と動悸がして落ち着かない。脈弦滑数、120拍/分、舌紅少苔。節度のない房事によって冲任脈を損傷し、相火が妄動したため胎漏下血となった。冲任脈は腎肝に隷属し、腎は受胎の本であり脾は統血と載胎を主どるので、今血熱妄行すると胎気を損傷することになるが、幸いまだ堕胎には至っていない。摂血を以ってその気を俊補し、滋陰清熱し固胎する:
  生黄耆60g、当帰・白芍・九地・紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・煅竜骨牡蠣・阿膠(別に化)・苧麻根・白朮各30g、黄芩炭15g、桑寄生・川断炭・杜仲炭・菟絲子・塩補骨脂各30g、艾叶炭・炙甘草各10g、三七3g(研末にて冲服)、胡桃(打)4枚。
煎じて取った濃い汁600mlを3回に分け3時間に1回服用。
  8日朝再診すると、昨晩12時に2回目の薬を服用した後出血は止まり、動悸・腰痛もまた治った。脈斂、尺部弱。顔色は艶のない蒼白に変わり、舌上には薄白苔が出始めたが食欲不振なので、原方から九地・竜骨牡蠣・黄芩・三七を去り、三仙炭各10g、姜炭5gを加え3剤を服用させるとすっかり癒えて、そのまま順調に産み月を迎え一人の男子を出産した。
  
  注釈:本方は当帰補血湯を以って生黄耆を重用し紅参を加えて、補気摂血を以って載胎となす;膠艾四物から川芎を去り滋陰養血・止血を以って安胎となす;寿胎飲(桑寄生・川断・菟絲子・阿膠)合青蛾丸(杜仲・塩補骨脂・胡桃)は補腎益精で冲任脈を固め固胎となす;白朮・黄芩は安胎の聖剤で善く血熱妄行の胎漏下血を治す;苧麻根は止血安胎の専門薬で三七は止血に最も優れている、これら諸薬を相合して陰虚内熱・血熱妄行の胎動下血に対して投薬すれば特効がある。出血多き者は保胎と発育を正常にするため、止血後に泰山盤石散(紅参・黄耆・当帰・白朮・九地・白芍・川断・砂仁・糯米・炙甘草)に紫河車・魚螵膠蛛・亀鹿膠を加え粉にしてカプセルに充填し1回6粒、一日2回連続して服用すれば固本できる。

  (二)
  和平、22歳、双泉峪村農民。妊娠2カ月、1987年10月14日朝突然出血して止まらず、出血量多く色は淡、気喘し四肢は涼、少腹隠痛墜脹し腰痛にて寝返りもできず、食欲は少なく胃酸が湧きあがり顔色は萎黄で艶なく、舌淡で歯痕があり脈数かつ弱、120拍/分。聞いて判ったことは生まれつき体が弱く訳もなく歯茎から出血した。これは先天不足に属し、腎の封蔵が失われ脾陽が虚衰したため、摂血載胎ができない。
  生黄耆45g、酒洗当帰身・酒炒白芍各25g、紅参30g(別に弱火でゆっくり煮る)、三仙炭・姜炭・醋艾炭・柴胡・蘇梗・砂仁・荊芥穂炭各10g、阿膠20g(化入)、煅竜骨牡蠣各30g、桑寄生・炒川断・菟絲子(酒泡)・青蛾丸各30g、炙甘草10g、白朮30g(黄土炒焦)、三七3g(研末冲服)。
煎じて取った濃汁600mlを6回に分け3時間毎に日夜連続して2剤を服用。山茱茰肉100mlを煎じた濃汁をお茶代わりに飲む。
  10月15日二回目の診察:腹痛と出血はすでに止まり食欲も出てきた。脈滑弱80拍/分。まだ腰痛・気短・畏寒を感じる。泰山盤石散から九地・黄芩・糯米を除き紫河車・鹿茸・鶏内金・焦三仙・魚螵膠蛛・亀鹿膠を加え粉にして一回3gを一日2回服用する。上薬を合計3か月弱服用して体質は改善し、順調に産み月を足して無事女の子を出産した。胎動下血は脾の不統血に属す者が一番多く、この型の患者は飲食を運化できないだけでなく薬力の運載も難しい。故に煎じた薬剤を少量ずつ何回服用させる方法が適していて、薬物の血液濃度が保持され病人の消化吸収によく穏やかに奏功する。この型は全ての寒涼滋膩・清熱止血などの品を用いてはならず、一旦滑瀉が出現するとそれは必ず堕胎となってしまう。ブログ上程 その39)

九、習慣性流産
  某炭鉱長の妻、37歳。その時生育を深くは考えず、すでに三人の女の子が生まれていたがどうしても子供が欲しくて、妊娠しては堕胎など繰り返し4回流産をした。1970年10月再び妊娠し、某老医は男の子であると断じ、ただ滑胎がすでに痼疾となっているので保全が難しいということで、ついに余に治療を求めた。聞けば以前4回の流産は、その間隔が最長で半年、最短で70日と判った。今回はまだ妊娠して60日、時として少腹に冷痛・閉脹・肛門の墜脹を覚え、咳き込むと尿漏れし小便多く、折れんばかりの腰痛と夜中に悪夢が多く、目の周りと唇の周囲は色黒く、舌辺尖に瘀斑がある。脈遅渋、58拍/分。色々な症が多く現れているが、瘀阻に属し気虚下陥と腎元不固を兼ねているとわかる。患者は妊娠しては堕胎し、堕胎後直ぐに坐胎補剤を服用したが胞宮の古傷がまだ回復していないだけでなく、積もった瘀血も化瘀されずに瘀の根源となってしまった。この妊娠は砂州の上に7階建てのビルを建てようとするようで、どうしてそれができようか?冲任脈や腎の督脈はすでに傷つき、また胞宮は瘀阻して胞胎の栄養が行き届かず、故に3カ月経たずに必ず堕胎してしまう。病の根源はすでに明らかで、すなわち活血化瘀の法を以って佐とし、益気運血と温陽固腎の中にある。人参黄耆を重用して益気運血し、寿胎丸・青蛾丸・膠艾四物の養血を以って冲脈任脈を養いそして固腎壮胎し、附子・肉桂で命火を養い、少腹逐瘀湯・坤草・澤蘭叶・桃仁・紅花は積瘀を温化し胞宮が栄養を得られるようにすることで胎児の安全を保つことができる。この治法は聞く人を驚かすほど実に危険である。すなわち疏方は、原因の分析と解明を合わせて情況を斟酌して患者に供せられなければならない:
  生黄耆90g、紅参15g(別に弱火でゆっくり煮る)、寿胎飲・青蛾丸各30g、坤草・当帰各30g、赤芍20g、川芎10g、失笑散20g(包)、附子・油桂・没薬・炒小茴香・姜炭・細辛・醋炒艾叶・桃仁・紅花・澤蘭叶・炙甘草各10g。
二度煎じて均等に混ぜ、一日に3回服用すること10剤、もし順調に3か月の堕胎期を過ごすことができれば、その後毎月の初めに3剤を連続服用し産み月まで続ける。
  時を経ずして余は騙されて入獄し1971年秋に釈放された。患者夫婦は消息を尋ねて、わざわざ我が家へ来て余に慰問と感謝の気持ちを表した。聞けば患者は指示通りに薬を服用したおかげで、妊娠中を通して安胎を得られ順調に一人の男の子を出産し、その子が今年27歳になった。その理論の本義をもとにして意義を引き延ばすと、それほど長くない胎萎を治し、妊娠後腹中で死んだ胎児が3か月も出なかったなどを治した。活血化瘀の法は益気運血・滋補冲任を佐とし、温養固腎の諸法を適切にうまく使うことさえできれば、妊娠中の疾患に対してもただ無害なだけでなくかえって奇効があることが判る。もし妊娠に禁忌である千古の戒律を打破しなければ、以上の諸疾患はきっと永遠に治る時期がこないはずだ!“死なないのには訳があり、だから死なないのだ”病があればすなわち病を防ぐように、証があればすなわち用いる薬があり、《内経》の指導思想は永遠に臨床の指南針である!

十、帝王切開産後二便閉結
  沙峪村王秀玲、30歳、婦人科に入院の患者、1984年3月10日会診。3月8日に帝王切開にて出産後急に腹脹し、横になることもできず二便閉結してすでに3日。血色素6g、顔色は蒼白で灰色に近く、声低く息も微かで眼も開けようとはせず、脈芤大無秩序で腹は小さな瓶の様に鼓腸し胸の近くまでせり出していた。導尿や浣腸もみな無効。放屁もなく按じても中は空虚で、病歴を再確認するとすでに3回妊娠しているが、いずれも子宮収縮せずにこれで3回帝王切開している。患者は死にたがるほど腹脹が急で、頻繁に大便の通りを要求した。しかし大きな腹の中は空虚で純粋な気虚不通に属し、いたずらに通利をもち用いればその死を早めるだけである。塞因塞用で多量の補中益気湯を投与すると、大気は一転し諸症状は自ら癒えた。
  生黄耆60g、紅参15g(別に弱火でゆっくり煮る)、白朮30g、当帰30g、柴胡・升麻・陳皮・炙甘草各10g、真木香・沈香・油桂・砂仁各1.5gを研磨粉末にして冲服、葱白3寸、鮮生姜5片、大棗10枚を2剤。
  3月14日二回目の診察:薬を1剤服用すると直ぐに頻繁な放屁へと転じ、腹脹は消えて二便は通じ食欲は増進して乳汁が出始め、2剤服用後にはもう通常と変わらないようになって、血色素は7gにまで上昇した。原方から陳皮を5gに減らし後ろの4味を去り、元肉(竜眼肉)10gを加えて3剤服用後には血色素が10gまで上昇し退院した。すべて気虚失運には生黄耆を必ず大量に用いる。かつて治療した老婦人で、57歳、山医二院外科で直腸がんの手術を行ったあと、7日間小便不通で少腹が妊娠のように鼓腸し、呼吸は急で喘いだ。上方の生黄耆を120gとし、上方から後ろの4味を除いたのち砂仁を潰した汁と冲服し、加えて麝香0.5gを2回に分けて冲服、さらに呉茱茰・油桂各5gを削って粉にして臍の中に填入し、細い艾灸で40分すると通じた。
                                         続く

by sinsendou | 2011-11-18 12:10 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その39

李老中医 危急重症難病治療経験
その39

八、流産の前兆
  (一)
  張×娥、23歳、某工場女工。1967年10月7日急診。妊娠2カ月、昨晩就寝後に少腹が灼熱そして痛み、明け方の5時に出血し7時間経っても滴り止まず、出血色は鮮血で煩熱と口苦し、折れんばかりの腰痛と動悸がして落ち着かない。脈弦滑数、120拍/分、舌紅少苔。節度のない房事によって冲任脈を損傷し、相火が妄動したため胎漏下血となった。冲任脈は腎肝に隷属し、腎は受胎の本であり脾は統血と載胎を主どるの で、今血熱妄行すると胎気を損傷することになるが、幸いまだ堕胎には至っていない。摂血を以ってその気を俊補し、滋陰清熱し固胎する:
  生黄耆60g、当帰・白芍・九地・紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・煅竜骨牡蠣・阿膠(別に化)・苧麻根・白朮各30g、黄芩炭15g、桑寄生・川断炭・杜仲炭・菟絲子・塩補骨脂各30g、艾叶炭・炙甘草各10g、三七3g(研末にて冲服)、胡桃(打)4枚。
煎じて取った濃い汁600mlを3回に分け3時間に1回服用。
  8日朝再診すると、昨晩12時に2回目の薬を服用した後出血は止まり、動悸・腰痛もまた治った。脈斂、尺部弱。顔色は艶のない蒼白に変わり、舌上には薄白苔が出始めたが食欲不振なので、原方から九地・竜骨牡蠣・黄芩・三七を去り、三仙炭各10g、姜炭5gを加え3剤を服用させるとすっかり癒えて、そのまま順調に産み月を迎え一人の男子を出産した。
  
  注釈:本方は当帰補血湯を以って生黄耆を重用し紅参を加えて、補気摂血を以って載胎となす;膠艾四物から川芎を去り滋陰養血・止血を以って安胎となす;寿胎飲(桑寄生・川断・菟絲子・阿膠)合青蛾丸(杜仲・塩補骨脂・胡桃)は補腎益精で冲任脈を固め固胎となす;白朮・黄芩は安胎の聖剤で善く血熱妄行の胎漏下血を治す;苧麻根は止血安胎の専門薬で三七は止血に最も優れている、これら諸薬を相合して陰虚内熱・血熱妄行の胎動下血に対して投薬すれば特効がある。出血多き者は保胎と発育を正常にするため、止血後に泰山盤石散(紅参・黄耆・当帰・白朮・九地・白芍・川断・砂仁・糯米・炙甘草)に紫河車・魚螵膠蛛・亀鹿膠を加え粉にしてカプセルに充填し1回6粒、一日2回連続して服用すれば固本できる。
  (二)
  和平、22歳、双泉峪村農民。妊娠2カ月、1987年10月14日朝突然出血して止まらず、出血量多く色は淡、気喘し四肢は涼、少腹隠痛墜脹し腰痛にて寝返りもできず、食欲は少なく胃酸が湧きあがり顔色は萎黄で艶なく、舌淡で歯痕があり脈数かつ弱、120拍/分。聞いて判ったことは生まれつき体が弱く訳もなく歯茎から出血した。これは先天不足に属し、腎の封蔵が失われ脾陽が虚衰したため、摂血載胎ができない。
  生黄耆45g、酒洗当帰身・酒炒白芍各25g、紅参30g(別に弱火でゆっくり煮る)、三仙炭・姜炭・醋艾炭・柴胡・蘇梗・砂仁・荊芥穂炭各10g、阿膠20g(化入)、煅竜骨牡蠣各30g、桑寄生・炒川断・菟絲子(酒泡)・青蛾丸各30g、炙甘草10g、白朮30g(黄土炒焦)、三七3g(研末冲服)。
煎じて取った濃汁600mlを6回に分け3時間毎に日夜連続して2剤を服用。山茱茰肉100mlを煎じた濃汁をお茶代わりに飲む。
  10月15日二回目の診察:腹痛と出血はすでに止まり食欲も出てきた。脈滑弱80拍/分。まだ腰痛・気短・畏寒を感じる。泰山盤石散から九地・黄芩・糯米を除き紫河車・鹿茸・鶏内金・焦三仙・魚螵膠蛛・亀鹿膠を加え粉にして一回3gを一日2回服用する。上薬を合計3か月弱服用して体質は改善し、順調に産み月を足して無事女の子を出産した。胎動下血は脾の不統血に属す者が一番多く、この型の患者は飲食を運化できないだけでなく薬力の運載も難しい。故に煎じた薬剤を少量ずつ何回も服用させる方法が適していて、薬物の血液濃度が保持され病人の消化吸収によく穏やかに奏功する。この型は全ての寒涼滋膩・清熱止血などの品を用いてはならず、一旦滑瀉が出現するとそれは必ず堕胎となってしまう。
                                   続く

by sinsendou | 2011-11-10 11:30 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その38

李老中医 危急重症難病治療経験
その38

七、重症妊娠悪阻
(一)
  耿巧珍、27歳、核桃洼教師。1983年11月9日初診:妊娠4カ月で緊急入院となった病人で、激しい咳喘と嘔吐が日夜止まらず50日目で内科に入院して既に10日間になる。すでに脱水防止の補液を与えられてはいるが、依然として病状は重症でまだ危機を脱していない。内科での確定診断は①肺結核②妊娠悪阻脱水。
  直ぐに診察すると、患者はしばしば嘔気し食物が入ると直ぐに吐き、咳とともに白い痰や涎を吐く。四肢は痩せて細く顔色は萎黄で艶なく、脈は微・細・急、160拍/分。煩渇するが水を入れても吐く。両目は虚ろで入院室から2階の診察室まで喘ぎ言葉を発することができず、舌は紫暗。虚損が長期にわたり妊娠期の鬱怒で、肺・胃・肝の三経気逆となり升ばかりで降がなく、恐れることは暴脱の心配がある。救脱を先ず為して温肝降逆を以って佐とする:
  紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・山茱茰肉・生半夏・代赭石粉・炙枇杷叶各30g、旋覆花(包)・呉茱茰(洗)・炙甘草各15g、鮮生姜30g、姜汁20ml、大棗10枚を1剤。
濃く煎じて少量ずつ何回も頻繁に服用させる。
  11月10日二回目の診察:咳・吐き気は8~9割減り食べることができるようになった。煩渇舌紅、脈微・細・急、144拍/分。喘・汗はまだ止まってはいないので、まだ危険区域から離れてはいない、救脱が必要である:
  紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・山茱茰肉・生半夏・芦根・代赭石粉各30g、麦門冬15g、五味子10g、炙甘草15g、鮮生姜30g、姜汁10ml、2剤。
  11月13日三回目の診察:咳・喘・吐みな癒えた。しかし体に力が入らず精神疲労があり、脈細数で力あり、120拍/分。腰痛し少腹の墜脹がある。腎は受胎を主どり永らく損なわれたものがまだ戻ってはいない、堕胎の心配があるので益気固腎し救脱する:
  代赭石粉・生黄耆・紅参(別に弱火でゆっくり煮る)各30g、腎四味各30g、姜汁10ml(混入)、大棗10枚、胡桃4枚(打)。
  11月17日四回目の診察:脈急144拍/分。腰痛・腹脹が治ったといっても気血は極めて虚で、便溏や脾気下陥があり救脱が必要である:
  生山薬60g、山茱茰肉・紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・生牡蠣粉各30g、白芍・炙甘草各15g、2剤。
  11月21日五回目の診察:脈細数120拍/分。ようやく食欲が出てきて自分自身の感覚も良好となった。しかしまだ十分に元の様に回復していないので、軽視することはできない。
  生黄耆・山茱茰肉・生牡蠣粉・腎四味各30g、紅参15g(別に弱火でゆっくり煮る)、白芍15g、生山薬60g、炙甘草15g。
  上方を連続3剤服用させると脈98拍/分。11月24日に退院し、我が家に帰り養生する。張錫純氏の来复湯は確かに脱神の危救を援ける剤である。

(二)
  煤運会社総経理師趙丁輝の弟の嫁、28歳。1965年7月25日救診。妊娠2カ月にして激しい嘔吐が35日も続き、夫に付き添われ養生のため帰郷した。天津から霊石までの旅は疲労を伴い、脱水状態となり眼窩は落ち窪み、気喘と多汗で水さえも受け付けず、脈細で細い糸状。生半夏・茯苓・紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・鮮生姜各30g、炙甘草15g、姜汁10mlを混入し濃く煎じ、小量を何回も服用させると1剤で癒えた。

(三)
  樹脂工場女工孫月珍、26歳。1980年3月18日、妊娠45日で強烈な吐き気で水さえ飲めず、床に伏して起きられず既に半月、痩せて呼吸は短く少腹墜脹し、折れんばかりの腰痛と休まず続く左肋骨刺痛、脈滑、降逆和胃、疎肝理気、補腎固胎と定める:
  代赭石末・生半夏・生山薬・酒帰芍・桑寄生各30g、柴胡・枳殻・紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・蘇梗・姜竹茹・旋覆花(包)・陳皮・炙甘草各10g、川断・菟絲子各15g、鮮生姜30g、姜汁20mlを濃く煎じ人参汁・姜汁を混入しゆっくり飲ませ2剤にて癒える。

(四)
  平遥推光工場女工王改英、26歳。1979年3月18日妊娠40日で強烈な吐き気が一月余り、お粥さえ食べられないので治療を求める。顔色萎黄で痩せて精神疲労し、いわれなく怖がり常に誰か後ろから付いてくるように感じている。加味温胆湯を与える:
  野党参・代赭石末・生半夏・朱茯神各30g、旋覆花(包)・枳実・竹如・拮紅・胆南星・炙甘草各10g、鮮生姜30g、姜汁お猪口2杯を混入し3剤服させると全て癒えた。

(五)
  侯秀蓮、妊娠2カ月で嘔吐酸苦は37日、便は乾燥し口苦咽乾目眩し両耳が塞がれているようで聴力減退。顔面は時として暴熱が上冲し脈沈弦数、舌紅中根黄色。和解肝胆・降逆和胃とする:
  柴胡・黄芩・紅参(別に弱火でゆっくり煮る)各15g、生半夏・代赭石末各30g、旋覆花12g(包)、鮮生姜30g、姜汁お猪口2杯(混入)、大棗10枚を濃く煎じてゆっくり服用させると1剤で癒えた。

  注釈:生半夏は止嘔の要薬であり同量の鮮生姜を加えればその毒を消し、妊娠悪阻患者千例以上を治療した経験から確かに、杯ほどで癒えてしまうほどの効き目がある。40数年間で生半夏を3t以上用いたが一例の中毒もない。半夏は妊娠禁忌薬でありまた妊娠悪阻の特効薬でもあり“死なないのには訳があり、だから死なないのだ”どうして喉に詰まるからと云って食べるのを止めることができようか!
                                            続く

by sinsendou | 2011-11-03 16:28 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その37

李老中医 危急重症難病治療経験
その37

四、結核性包塊型腹膜炎

  王秀清、女、30歳、郵便局職工。1983年8月9日、その年15歳、嘔吐腹痛でその母が患者腹を揉んだところ下腹部に明らかな隆起が発現し、中には硬質の塊があって、省一院での超音波検査ではT・B性包塊型腹膜炎と実証された。包塊は恥骨連合上4cmの所に17cm×16㎝の大きさである。その母が云うところによると、患者は生冷の物を好んで食べ、喉が乾けば冷たい水を呑み、未だに月経が始まっていない。顔色は萎黄で脈弦渋、舌淡で歯痕がある。女子は二七で天癸に至るが、この患者は発育が良好ですでに月経開始年齢に達している。生冷の過食によって寒痰が胞宮に凝集し有形の癥結を形成した。温経化痰で逐瘀通絡し、月経が通じるのを待てば癥結は自ら消える。
  生黄耆45g、当帰・丹参各30g、赤芍15g、川芎・桂枝各10g、茯苓30g、桃仁・紅花・牡丹皮・炮姜・没薬・白芥子(炒って研)・三棱・我朮・木香・甘草各10g、失笑散20g(包)、炒小茴香15gを7剤。
  8月16日二回目の診察:腫塊は少しずつ軟らかくなったがまだ縮小してはいない。原方に大黄6g、醋鼈甲30g(打・先煎)、土元10gを5剤。
  8月22日、腫塊は1/3ほど縮小したが同処方に党参30gを加え再び5剤服用させる。
  8月26日三回目の診察:また1/2まで縮小したがしばしば攻破を用いたため、気分は虚となり臍下は安定せず食欲不振、精神疲労し折れんばかりの腰痛、脈細無力。化瘀を以って佐とし益気扶元する:
  生黄耆30g、当帰20g、紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・霊脂・桂枝・桃仁・牡丹皮・赤芍・川芎・土元・柴胡・炙甘草各15g、炒小茴香15g、腎四味120g、茯苓・炒麦芽各30g、鮮生姜5片、大棗6枚、胡桃4枚(打)。
隔日1剤を10剤。
  10月22日、その母が患者と共に家に来て喜んで報告したところによると、薬を全部服用し終わり6日後に初潮が来潮し塊は全て消えた。

五、重症結核性腹膜炎
  
  王桂蘭、女、35歳、汾局電工場交換員。1967年6月28日、荷物運搬用の小車に乗せられて来院。汾局医院の診断は結核性泛発性腹膜炎で、一月余り入院しストレプトマイシン治療をワンクール終えたが効果なく、段々と起き上がることもできなくなってしまった。閉経して2カ月、顔色は蒼白で艶がなく眼の縁は落ち込んで潮熱盗汗があり、呼吸が短く息が不足し胃酸がこみ上げ胃の調子が悪く、一日に僅か水餃子を二三個しか食べられず、ストレプトマイシン中毒性の難聴になってしまった。腹満は板の様に硬く疼痛し触られることを嫌った。脈細・渋、舌胖淡で歯痕あり。証は寒凝下焦、血瘀閉経に属す。少腹逐瘀湯合海藻甘草湯を以って温経散寒、軟堅散結、扶正化瘀し治とする。
  当帰30g、桂枝・川芎・紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・失笑散(包)・姜炭・没薬・土元各10g、炒小茴香・赤芍・漂海藻・生甘草各15g、鮮生姜5片、大棗6枚、全虫12只、蜈蚣1条削って粉にして冲服、7剤。
  7月16日二回目の診察:腹の脹痛は大変少なくなり時に放屁が出る。食欲は増し毎日300gほど食べられるようになり、潮熱盗汗はすでに止まった。下腹部は臍の周りの手の平大の塊以外は軟らかくなった。抗結核要薬の猫爪草50gを加え10剤。
  7月17日三回目の診察:患者は歩いて診察を受けにきて、顔色は紅潤でしかも一日に600gも食べることができるようになった。臍の周囲もすでに軟らかくなったが、まだ疼痛拒按はある。少腹と乳房に閉脹感を覚え陰道には分泌物が出現したが、これは月経が通じる前兆である。成行きを見てうまく導くように原方から海藻・甘草を去り、坤草(益母草)・丹参各30g、柴胡・澤蘭叶・桃仁・紅花各10gを加え10剤。
  8月1日四回目の診察:月経があり紫黒塊屑状の瘀血を甚だ多く下し、脹れていた腹はすでに以前の様に柔らかくなった。月経後に精神疲労、気力なく腰が折れるように痛んだ。長患いは腎を傷つけ気血ともに虚となるので、補中益気湯加腎四味各30gを5剤服用後、健康を回復しまた一人の女性が生き返った。

六、多嚢卵巣による不妊

  霊石農行職工郭霞、女、34歳、2000年10月4日初診:結婚後10年間不妊で色々な医者を求めて多くの治療をしたが無効であった。1996年春に山医二院婦人科で腹腔鏡検査を受け“多嚢卵巣”と診断され、また輸卵管造影で“左輸卵管梗塞”が現れ、現代の各種療法はどれも無効となった。どの頑症痼疾にも必ず特別の原因がある。そこで詳しく話を聞くと、その母が患者7ヵ月半の時につまずき倒れ胎動して早産となり、幸い一命を取りとめたが虚弱で多くの病に罹り、これは先天の不足で生殖系統の発育不足が主因である。腎は生胎の本であり腎虚ならば生殖できない、現代医院が生育不能と断定したのも道理である。また加えて保養もせずに生冷のものを好んで食べ、月経期にも関わらず冷水にて足を洗い、そのため寒が任脈に侵入し痛経を患うこと18年を経過した。平素から腰が折れる様に痛み、臍中が硬い板の様に冷痛し、少腹の両側が固定刺痛して白帯多く清稀である。月経は毎月遅れその色は黒豆汁の如くで、塊屑や膠漆状の汚物を含み、顔には蝶形の褐色斑があり脈沈渋・舌辺尖には瘀点や瘀斑で満ちている。上の症状に基づき、先天の腎気不足や冲任虚寒で、湿痰死血が胞宮に凝結して癥瘕となった。方は以下の如く:

  1.培元固本散:古代の河車大造丸をまねて、先天を再造する効果がある。血肉有情の品で先天の腎気を補い以って本を治し、虫類が入絡捜剔し温経化瘀滌痰を以って標を治す:
  紫河車・坎気(臍帯)・茸片各50g、蛤蚧5対、海馬30g、蛇床子・大三七各100g、紅参・霊脂・琥珀・土元・水蛭・炮甲珠・全虫・蜈蚣・白芷各30g。
合わせて削り細粉にして一日に3g、熱い黄酒にて服用する。
  2.当帰四逆加呉茱茰生姜湯の奇経直入を以って、開冰凍解し沈寒痼冷を破り、桂枝茯苓丸・少腹逐瘀湯を合わせて任脈を温めながら通じ、緩やかに癥瘕積聚を消す:
  当帰・桂枝・赤芍・白芍各45g、丹参・坤草・劉寄奴・通草各30g、茯苓45g桃仁泥・牡丹皮・炒小茴香・川芎各15g、失笑散(包)20g、呉茱茰・細辛・炙甘草各20g、企辺桂(後下)・没薬・白芥子(炒研)各10g、鮮生姜45g、大棗25枚。
水1500mlを加え、弱火で600mlを煮取り、一日に3回に分けて服用、10剤。
別に炮甲珠60g、麝香2gを削って粉にして20包に分け、中薬と一緒に朝晩1包ずつ熱い黄酒にて冲服し、この対薬で至れり尽くせりの性の穿透攻破を以って、病巣を真っすぐ攻めれば嚢腫は消え瘀積はなくなる。
  10月25日二回目の診察:上薬を7剤服用すると腹内が雷の様な音がして、頻繁に放屁があり腹脹は消え痛みも止んだ。月経は滞りなくめぐり下る汚濁は黒血塊が甚だ多くなって、それとともに月経痛は癒え少腹も柔らかくなって、白帯は消失し食欲は増大した。ただ腰痛が酷く僅かに気怯を覚える。月経後は当に益気補虚と温養肝腎をせねばならない。生黄耆60g、当帰30g、紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・霊脂各10g、制腎四味・川断・熟地・蛇床子・山茱茰肉・茯苓・老鶴草・決明子各30g、蒼朮・白朮各15~30gを毎月の月経後に15剤服用。
  2001年元旦三回目の診察:
上法を大きな加減をせずに2カ月連続服用することで、顔面の褐色斑と舌上の瘀斑はきれいになくなり少腹も温かくなった。今日月経が予定日を過ぎて16日になってもなく、左三部脈滑大で僅かに吐き気と酸っぱいものを食べたがった。尿検査を行うと妊娠反応が陽性で、そのまま順調に女の子を出産した。

  注釈:月経後に半月ほど服用した方中に老鶴草・決明子各30gがあるが、これは先輩の叶橘泉先生が不妊症を治療した経験方である。病理機序は不明なれども用いてみると多くの奇効がある。老鶴草は筋の強ばりを除き骨を丈夫にし、風寒湿痺を治す、また《雲南本草》に“婦人が月経中に寒邪を感受し、月経不調や腹脹腰痛や受胎不能を治す”と記載されている。決明子は明目の要薬であり肝腎に有益で、冲脈は血海を為し、任脈は胞胎を主どるとされ、この冲・任は肝腎に隷属するので、これらは皆受胎と関係がある。かつ用法は月経後に半月の連続服用する、即ち重点は補虚にあり以って排卵を促すのであって、意図は通利にあるのではない。

                                           続く

by sinsendou | 2011-10-26 11:43 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その36

李老中医 危急重症難病治療経験
その36

二、巨型膵腺嚢腫

  劉文我の娘小婷、16歳、1991年車輌事故で脾が破裂。手術後5日目に腸捻転が発生し、二度目の手術後一カ月、左上腹部に膨隆が現れ左肋骨下は刺すように痛み、抑えると波浪感があってそれが日増しに増大する。気が塞がり胸悶し、脹れて横に寝られず呼吸もできない。腫れ物の左は鋭く突き出て上は12番目の肋骨から下は鼠蹊部の上方まで、その出っ張りはまるで妊娠様の如くである。県医院の外科は開腹検査し管を挿入し吸引するつもりだが、余に治療を求めた。腫れ物は外傷に由来し必ず絡脈の損傷であり、死血の集積が癥を形成して湿痰となったのである。复元活血湯が良く打撲損傷や肋骨下に流れた悪血をなおす;桂枝茯苓丸は癥瘕積聚に有効な処方であり、先人の知恵より以下の一方:
柴胡15g、当帰30g、赤芍25g、甘草・大黄・酒香附・紅花・澤蘭叶各10g、丹参30g、桂枝・桃仁泥各15g、茯苓45g、牡丹皮15g、肉桂・蘇木・猪苓・澤瀉・木香・枳殻各10g、炮甲珠6g(研磨して冲服)、2回水煎しそれに黄酒2両を均等に混入し、さらに沸騰煎じたものを2度に分けて服用する。
薬を1剤服用したところで天津から電話があり、天津医学院付属医院外科に赴いた。CT検査によって確定診断は膵腺嚢腫16.5×22㎝で手術摘出が決まった。専門家の会診で患者の失血過多による不測の事態を考慮し、調養恢復をもう一度再考してもらうように意見した。やっと霊石に帰ってきたが、往復で疲れ込んでしまい気虚の出現はこの現象を支えきれない。原方に紅参・霊脂各10gを加え3剤服させると、二便は滞りなく出て腹中からは音が聞こえ頻繁に放屁し、小便は特に多量に出て大変緩やかになり横になって寝られるようになった。連続して9剤、合計12剤を服用したら、あれほど盛り上がって大きいわだかまりが消えてなくなった。晋中一院に赴き再度CT検査をしたが腫物は消失し全快した。

三、子宮筋瘤
  
  林業局幹部家族の燕能荷、44歳、1983年7月13日初診(問診番号009319)。晋中二院の婦人科検査で子宮筋瘤(9×8㎝)と診断され、あとで心配がないように手術切除を意見される。患者は怖くなり、ただそれだけで来診した。腹診をすると少腹が妊娠5カ月ほどの大きさに脹れ、臍下に拳大の円形腫れ物がある。月経痛は5カ月で毎月の月経は不調、月経色は黒く粘調で血塊甚だ多く滴り続け、延々10日以上も止まらず月経期は酷く脹れて絞痛がある。顔色は暗く舌淡紅、脈弦。有刑の癥瘕で既に一日の猶予もなく、桂枝茯苓丸加虫類を与え取り除くためにゆっくり攻める:
桂枝・桃仁・牡丹皮・赤芍各15g、茯苓45g、柴胡・紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・霊脂・土元・甘草各10g、貝母15g、生水蛭・炮甲珠各6g、蜈蚣2条を粉にして黄酒にて冲服を10剤。
  8月11日二回目の診察:前回投与した桂枝茯苓丸は癥積をゆっくり攻め、紅参・霊脂は扶正化瘀し、虫類が絡脈に入り削り落す作用をして、10剤進めたら少腹の膨隆状態が大きく減り、腹の張りもすっかり緩くなった。今ちょうど月経期であるが腹痛はなく、黒い塊が少しだけで脈沈滑、舌色暗、成行きをみてうまく導く通経化瘀が治である:
桂枝15g、茯苓45g、赤芍25g、桃仁・牡丹皮各15g、益母草・当帰須・丹参各30g、柴胡・酒香附子・澤蘭叶各12g、川牛膝30g、甘草10g、生水蛭・炮甲珠各6g、蜈蚣2条、を粉にして黄酒にて冲服、鮮生姜5片、大棗10枚。
  8月16日三回目の診察:上方を続けて3剤服用し月経は順調になり、瘀血塊は甚だ多く出て少腹の妊娠の如くの状態も消えて、腹痛もすでに除かれた。最近は白帯が多く脈舌も以前の様になった。初診方に生山薬30g、車前子10g(包む)を加えて与える。
  8月31日四回目の診察:少腹は普通の人の様に平らで軟らかくなったので丸剤で緩やかに攻める:
桂氏茯苓丸各30g、当帰須・土元・貝母・炮甲珠各30g、太子参60g、霊脂30g、生水蛭15g、蜈蚣30条を10gの蜜丸にして一回一丸、一日三回服用。
  9月16日五回目の診察:丸薬を服用して半月、当院にて超音波検査したところ子宮は5×8×5㎝で筋瘤は消失していた。1984年3月15日に再び超音波検査を実施したところ子宮は6×5㎝で正常であった。1984年5月まで、上記の方法で子宮筋瘤17例を治療し、唯一外省患者の情況不明を除き、皆治癒を得た。凡そ瘀積重は顔色暗黒で眼の周りが黒っぽく口の周りも紫暗で、手足心・前胸・後背が発熱するときは血瘀発熱であり、酒大黄10~15gを加え服用させ、三五日で熱が退けば大黄を除く、これは即ち大黄ジャ虫丸の意である。正虚には党参・霊脂を加え、虚が甚だしければ紅参を用いる。4種の虫類薬は軟堅散結し化瘀力が強い。生水蛭は破瘀するための第一要薬で、瘀血を破りしかも新血を傷つけない。瘤体の大小が判別でき病程が長い時には3~6gを用いる。炮甲珠の穿透走竄性はすべてに行き届いていて、凡ての血瘀血凝をみな開くことができかつ白血球作用を高め、体を補いながら攻める不思議な働きで無駄がない。任脈は肝に隷属し血瘀の者は必ず気が滞るので、柴胡を加えて肝気を疏達する。貝母は消痰軟堅し病程を短縮する。また卵巣或いは輸卵管嚢腫は、多くは胞宮瘀阻・寒湿凝聚からで、余は桂枝茯苓丸合五苓散に温陽化湿の油桂を加えて治す。もし少腹がしょっちゅう絞痛する時は、多くは寒凝に属すから呉茱茰15gを加えれば、直ぐに肝経血分に入り破冰解凍するので、更に速く効果が出て収まる。加えて子宮専薬の益母草は丹参・澤蘭叶と協力して、子宮血の循環を強め炎症性の滲出物の排泄と吸収を促進し、炮甲珠の透達嚢腫と五苓散の利水を加えれば、多くは半月以内に治癒させることができる。清熱解毒薬は慎重に用いねばならず、もし不当に用いれば反って寒湿が凝結し化すことができない。

                                      続く

by sinsendou | 2011-10-14 12:08 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その35

李老中医 危急重症難病治療経験
その35

(四)
  曹金花、30歳、県供給販売会社家属、1983年7月25日来診。出産時に出血過多で、産後も出血が一カ月半も続き、血色素6gになった。乳が少なかったので経験方の滋乳湯(黄耆・当帰・知母・元参・炒王不留・炮甲珠・六露通・絲瓜絡・七孔猪蹄2只)2剤服すと、3日目より下痢が35日続き、胃痛胸やけ消化不良、四肢の冷え、脈遅細(56拍/分)。顔色は晄白、唇・指・舌は淡白で艶がなく、一日に3回以上下痢をする。最近10日間は更にひどくなり明け方にも必ず下痢をして、脱肛して戻らず子宮さえも脱垂した。証は脾の不統血に属し、陰損が陽にまで及び、寒涼滋膩剤の誤投が酷く脾陽を傷つけ、それが下焦の元陽にまで毀損を及ぼした。四逆湯と三畏湯を合方して一部を取り除き与え、補火生土することで以って誤投薬を救う:
附子15g、姜炭・三仙炭・炙甘草・紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・霊脂各10g、油桂6g(研磨し冲服)、赤石脂30gを2剤。
  8月1日二回目の診察では、温腎助陽が進み頻繁だった下痢は止み、食欲も以前の様になった。処方を改め補中益気湯の人参・黄耆を増量し、霊脂・姜炭・三仙炭・油桂小量冲服・赤石脂・山茱茰肉を10剤連用させた。半月後血色素は上昇し12gとなり、脱肛と子宮脱垂も同時に癒えた。
注釈:滋乳湯は中医界では常用の増乳と通乳の経験方である。北方の名医張錫純氏の創薬である。原方の主治は“気血虚によって乳少ない或いは経絡に瘀の者”。方中で黄耆・当帰を多く用いてはいるものの、知母・元参などの苦寒や猪蹄の寒中滑瀉は、とりわけ脾虚の者には宜しくない。とくに純虚の症候を以って本に経絡瘀阻がなく、そこに甲珠・六路通・王不留などを用いれば徒に気血を傷つけるだけである。本例は産後の出血がなかなか治らず、明らかに脾陽虚衰に関連し陰血を統摂できていない;食が入って消化しなければ気血に化生できずに、病が衰弱する原因である。医者が昔の人の成方を運用するにあたり時と場合に応じて方法を変えることを知らなければ、純虚の証に寒涼滋膩及び通絡の諸品を誤投し、脾陽を酷く傷つけ脾気下陥を招き、変証を生じさせることとなる。腎陽へ損及が長引けば関門は閉じず、五更泄瀉となる。これによってわかることは、専方専薬の運用には弁証が必要である。弁証が必要なだけでなくなお弁薬も必須で、必ず病機に適合する方薬の使い方や当を得た取捨選択によって、病を治して人を救うという目的を達成することができる。猪蹄の下乳は歴代の医家がみなその効果をほめたたえている。現代の実験研究でも豊富な蛋白質・脂肪・炭水化物・カルシウム・リン・鉄などの元素を含有していることが証明されている。ただしその性は涼であるから、生痰を助長し寒中滑腸の弊害があり、その様なことのない人に用いられる。余の臨床体験によると、凡そ素体が強く脾胃は健康で、しかし生活貧困で栄養不良のため乳が少ししかでず、または軽微な炎症があって乳腺が通じないときに用いて非常に奇効があった。もし素体が陽虚で脾胃が虚弱ならば、服用すれば反って害が現れるので慎重にしなければならない。

(五)
  南関鉱三教食堂炊事員李清香、23歳。1983年9月産後の無乳により来院。病歴を訊くと、産後すでに70日の間食事が進まない、それは産前に飲食不節し、さらに産後3日りんご半分とトマトを1個、肥った肉の塊を数個食べてから、すぐに胸が痞えて塞がり時として涎を吐き、臍がグルグルして痛み悪漏があったが既に8日も大便がない。腹は減るが食べることができない、食べ物が入ると少しばかり便意を覚えるが胸郭が塀の様になる。産後に生化湯を服用してはおらず、婦人科の診断では子宮収縮不良であった。脈弦有力、舌辺尖は瘀斑で満ちている。病は産後の敗血未浄と瘀阻胞宮、かつ傷食が中宮に積滞したことによる。改訂生化湯合半夏瀉心湯・小陥胸湯を合わせて加減し、温経化瘀と行気消導を以って治とする:
益母草・当帰各30g、川芎・桃仁・紅花・黒姜各10g、澤蘭叶12g、生半夏・瓜萎根・党参各30g、焦三仙・酒黄芩各10g、霊脂15g、姜汁炒川黄連5g、炙甘草10g、沈香3g(研磨汁冲服)、鮮生姜10片、大棗10枚、黄酒・童便各1杯(混入)、3剤。
3剤を服すと悪漏が順調に流れ、膿血や腐肉状の物を甚だ多く含んだ便を下したら、胸の痞えがとれて食欲は増進し、乳の治療をしなくとも乳汁が湧き出るほどになった。
                               続く

by sinsendou | 2011-10-02 12:22 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その34

李老中医 危急重症難病治療経験
その34

婦人科救急重症、難病医案

一、母乳不足、虚実区別

(一)
水峪村宋香梅、24歳。1983年11月19日幼児保育での乳汁不足につき治療を求め来診。尋ねてみると産後から既に8カ月、まだ生化湯を服用していない。産褥期から今まで、少腹が時々張痛し食欲不振で吐き気を伴い、時に悪漏の様な帯下がある。脈弦渋、顔面に黄褐色の斑があり、舌の右側にも瘀斑があって舌苔膩である。証は産後の悪血が浄化されず、瘀濁が滞留しさらに上攻して吐き気となり、下には則ち悪漏となった。敗血が去らねば新血は産生され難く故に乳は少なくなった。その本を治すには加味生化湯を与える:
益母草・当帰各30g、川芎10g、炙甘草・姜炭・炮甲珠・公丁香・郁金・紅花各10g、桃仁泥・澤蘭叶各12g、黄酒・童便各1杯(混入)2剤。
11月23日前方を服したのち悪漏・瘀血が滞りなく巡り、諸症状は8~9割癒えて乳汁は大幅に増し乳飲み子にとっては十分すぎるほどになった。ただ少腹にまだ張痛があるというので再び原方を2剤服用するように云いつけた。

(二)
内科裴清秀、27歳。1979年冬、産後半月、少腹が痛み悪漏は浄化されず、乳汁の出が不十分でその上胃脘部が張って食事ができない。病歴を尋ねると、元来体は虚弱で長年食が細かったという。産後に生化湯丸を僅かに2日服用しただけ、湯ならば一掃、丸は緩やかである。図りごとをする時に事を省くと反って事を誤る。婦人科で確認すると子宮収縮不良であった、正に生化湯の適応症である。加味生化湯を与える:
益母草・当帰各30g、川芎・桃仁泥・紅花・炙甘草各10g、澤蘭叶・炮甲珠各12g、黒姜15g、胡桃肉4枚、紅糖30g、童便・黄酒各1杯(混入)。
上方を連続3剤服用して諸症状は全て癒えた。食欲は倍増し食事ごとに大きな茶碗で食べるようになった。夜半になると空腹で寝られず、蒸しパンを5両ほど食べやっと寝ることができ、乳汁も溢れるほどになった。百日後には体重が10kgも増加した。

注釈:生化湯は明代末期山西省の名医傅山の遺方で、民間に伝わり数百年、どこの家でも知っている処方で、もっぱら産後を治す理血清宮の名方である。当帰24g、川芎9g、桃仁14粒、炮姜・炙甘草各1.5g、黄酒・童便の7味の生薬から組成される。効能は活血逐瘀、温経止痛である。余は1961年に益母草30g、紅花10g、澤蘭叶12g、生乳霊(炮甲珠粉12g、錦胡桃仁4枚の殻を燃やして中の仁を取りだして紅糖30gを加え、合わせて泥のようになるまで搗きつぶし、薬を服用する前によく咀嚼して服用する)を加えて加味生化湯とした。益母草は味苦・辛、性は微寒、肝経に入り、活血通経利水消腫の要薬である。現代薬理の実験研究では、子宮収縮頻度・幅・緊張度の増強に使うことができ専門薬である。澤蘭叶は味苦辛、性微温、肝・脾経に入り、活血去瘀、行水消腫する。この二薬は相合し産褥期感染の炎症性滲出液を消除するのに有効であるばかりでなく、子宮の弛緩を迅速に復元する。生乳霊は霊石城関の民間助産員の間で一位の秘方である。その処方中の炮甲珠は味腥微咸で性は平、肝胃経に入り良く活血通経し、下乳や消腫排膿する。張錫純氏はこの薬を絶賛し:“走竄の性が行き届き、経絡に徹底し透達することが重要なポイントで、すべての凝血や血聚などみな開くことができる。以って疔瘍を治し直ぐに効き目が現れる。合わせて癥瘕積聚や全身麻痺、心腹疼痛を治すことができる。”この薬は下乳に用いるばかりでなく、その“経絡を透して真っすぐ病所に達する”効能を取りあげ、現代薬理研究においてはさらに白血球を高める作用もあるので、補だけでなく虚実みな宜しい。核桃仁は妙品な食療であり、味甘性温で腎肺大腸経に入り、補腎固精・温肺定喘・養血潤燥する。加味した後の生化湯は原方に比べ更に強力になって、古いものの中から新しくして、縮宮化瘀の効能とともに短期間の内に強壮生乳させることができる。産後すぐにこれを3剤服用すれば、3日以内に子宮は元の様に収縮し乳汁がよく出るようになる。余は産後病を約千例余り治療したが、すべて直ぐに加味生化湯を3剤服用させたものは、産褥感染や乳腺症になったものは一例も発生せず、本湯に出会って婦女免疫力を増強することができ産褥期の急患はいなくなった。

(三)
城関医院王医師の息子の嫁、23歳。1982年11月17日、産後45日。昨日夫婦が大喧嘩をしたため、今朝から乳汁が全然出なくなった。頭は脹痛し左肋骨に陰痛、乳脹、胸悶、イライラして目は充血し顔面は酔っているかのように赤く、口苦、脈沈渋。暴怒傷肝の証で、気機は鬱結化火から肝の疏泄が失調したため乳汁が出なくなった。丹梔逍遥散の小剤に炮甲珠(穿山甲)と郁金の通絡解鬱を加え投与すると、一服服用しただけで乳汁が涌くがごとくになった。二煎は服用しないように云いつけたが、これは苦寒剤によって産後の諸虚の妨げになることを恐れたためである。
一カ月後、患者が又乳の出が悪いと治療を求めた。聞けば脂っこいものや生臭料理の食べ過ぎで明け方に下痢をするという。腰痛倦怠、食欲不振腹張、脈は大で重按で頼りない。証は飲食不節による脾胃の損傷で、脾が健運を失い生化ができなくなった。その上五更瀉は釜底無火であり、著しい脾胃の陽虚が更に一層酷くなった。温腎がふさわしく复腎開合の常を以って中焦が命火の温煦を得て、健運は自から回復し生化ができるようになれば、乳汁は自然に多くなる。三畏湯を与える:
紅参(別に弱火でゆっくり煮る)・霊脂・公丁香・郁金各10g、油桂5g(粉にして冲服)、赤石脂30g、附子10gを3剤。
薬を服用後、早朝の下痢は収まり、食欲増進し乳汁も段々多くなって癒える。      
                             続く

by sinsendou | 2011-09-21 11:19 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その33

李老中医 危急重症難病治療経験
その33

十四、小児舞踏病

  孟金娥、女、11歳。霊石仁義公社道阡村学生、1978年12月16日来診。病を患い1週間、全身が舞踏し片時も休むことがない。その症状は、首を捻っては頭を揺らし、舌を出しては舌打ちし、眉と目の筋肉が引きつり、四肢も揺り動かしていた。舌は短く話すことができないし、手は震えて物を握ることもできない、また脚は揺ら揺らしてきちんとした歩き方ができない。口は物を咬むような開閉が止められず、日常生活が一人でできない。食事をする時は人に食べさせてもらい、かつ必ずその口の部分を手で押さえて一定のリズムで開閉し食べさせなくてはならず、非常に苦痛である。52949部隊医院は“小児舞踏病”と診断し、激素・鎮静剤を用いさらに虫類の熄風の剤を併用したが無効だったので、省の一つの病院で入院治療をするように提言した。患者の両親は代々農村の社員で、生活困窮していたため余に診察を求めた。視ればその舌は光絳無苔、全身疲労し夜になると寝汗と煩渇があった。咽頭も舞踏のリズムに合わせてひきつけを起こすので、水を飲む時もむせ返り、脈は沈細数。その父の云うことによると、病気が始まった時にはかつての感冒のような発熱があった。今年は寒いはずの冬が反って温かく、晋南洪洞の南の桃の花が満開となった。症は発熱に由来し、温邪が久しく拘束されれば肝腎の真陰が焼き尽くされ、故に内風が妄動する。腎の経脈は舌本に絡んでいて、腎陰が損耗すると舌に上承できなくなり、故に舌が短くなって話すことが難しくなった。且つ肝腎は同源であって腎精の欠乏は肝木を滋養できなくなり、故に陽が制限されるところがなく風が動く。すなわち大定風珠を選び滋腎柔肝そして内風を消す:
  牡蠣・亀鼈甲各15g、生地黄・麦門冬各18g、阿膠12g、酸棗仁15g、炙甘草12g、天麻・五味子・遠志各10g、菖蒲12g、卵黄1枚(冲)を3剤。

  12月20日再診すると、舞踏の動きは既に止まっていて言葉も大分しゃべれるようになり、身の回りのことは自分でできるようになった。ただ寝汗が止まらず精神疲労し、腰がだるく膝に力が入らない。すなわち気陰がまだ元には戻っておらず、腎元も損なわれている。そこで原方から菖蒲・遠志・天麻を去り、かわりに山茱茰肉45g、黒小豆30g、生黄耆・腎四味各18gを加え5剤を服用させたら、学校へ行けるようになった。腰は腎の府であり、折れそうなほどの腰痛や腰がだるく膝に力が入らないなどの諸症状は、すなわち腎虚に基づくものである。証に随い腎十味(枸杞・菟絲子・塩補骨脂・仙霊脾・沙苑子・杜仲・塩巴戟天肉・仙茅・骨砕補・狗脊)を病症によって中の方剤を選び用いれば、その効は神の如くである。

張家荘炭鉱の学生祁秀芳、女、16歳、小児舞踏病を患って一月余り。1979年10月11日に診察を受けに来たが、ただ肘の痙攣が止まらず物がつかめない、また食欲不振と精神疲労し、腰痛して膝に力が入らない、脈細弱、舌苔白滑、痰涎がある。
この例は小児舞踏病の余波であり、傷ついたところは脾腎の陽で、そこで補中益気湯を与えて温陽肝腎し、竜骨牡蠣の斂固を以って佐とする:
    生黄耆・党参各30g、白朮・当帰各15g、柴胡・升麻各5g、炒麦芽60g、腎四味各15g、炙甘草10g、生竜骨・生牡蠣各20g、鮮生姜5片、大棗6枚、胡桃4枚。
上方を6剤服し癒えた。

                              続く



by sinsendou | 2011-09-09 14:40 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その32

李老中医 危急重症難病治療経験
その32

十三、小児湿疹(二例)

  王二留、9歳、駅家族。1972年正月7日黄水瘡を患って45日、始まりは頭頂部から起こり痒くて掻き壊したあと、黄水が流れたところが爛れて瘡蓋を形成した。徐々に前額、両頬、胸背に広がり遂には全身綺麗なところが何もなくなった。日夜掻痒にきりがなく、泣き喚きが止まらない。首筋・脇下・鼠蹊部などのリンパ節全部が腫大疼痛し、高熱と煩渇を伴っている。その母はトウモロコシのシベ棒で痒いところを掻いてあげるが、血水のリンパ液や痒みは止めることができない。当時その病気の子は起き上がることもできないので、父親が城代にまで来て病状を訴えた。考えるに湿熱化毒である、そこで連翹敗毒合三妙湯で疏泄し、さらに土茯苓・苦参・白鮮皮・薏以仁を加えて化湿し、生石膏で陽明経熱を清くする。
土茯苓120gを煎湯に代えて水煎とし以下の薬を用いる:
二花・連殻・生石膏・苦参・白鮮皮・生薏以仁各30g、羌活・独活・前胡・柴胡・川芎・桔梗・蒼朮・黄柏・荊芥穂・防風・甘草各10gを3剤。

 上薬を服用後、黄水はやっと少なくなり起き上がることができるようになったので、父親が背負って診察を受けに来た。見ればその衣服はどこもみな黄水と粘るかさぶたで覆われ、身体から剥がすことはできない。話すところによると、夜間に寝たまま脱衣し朝早くに起きたら、全身の黄水とかさぶたが掛け布団にくっ付いて、それを取るには皮肉を少し剥がさなくてはならず、苦痛に耐えられない。これほどの重症はめったにない。やはり原方6剤と3剤の内服薬、3剤の外用剤を与え、内服の方には全虫12匹・蜈蚣1条・烏蛇肉30gを加え粉にして、それを蜜丸にして先に服用させる。別に外用塗布薬:
蛤粉・青黛・滑石・甘草・生硫黄・蒼朮・黄柏・苦参各30g、雄黄・冰片各15gを合わせて粉にし、洗った後の瘡面に滲み込ませる。
 
 一週間後にその子と一緒に来診したが、その症状の7~8割が癒えて、全身が一皮むけた。二度目の診察による処方を用いた後は二度と黄水は流れなくなりまた痒みも軽くなった。ただ夜間に煩渇と心煩で安定せず痒みが時々発生した。舌光紅無苔、便燥で3~4日に1回の排便がとても苦しく、甚だしいと肛門が裂けて出血をする。証は血虚生燥に属すので、大剤の桃紅四物湯に何首烏・蒺藜子・黒芝麻・牡丹皮・紫草を加え5剤を与えたら全て癒えた。

城関粮食品工場曹継柱の娘1歳半、泛発性湿疹が70日、上方を少なくして用いたら3日で癒えた。1983年1月8日に風を受けまた発症し、針先ほどの紅疹がびっしりと全身に広がり特に胸腹四肢が酷く、休まず泣き叫び夜が甚だしい。掻き壊して薄い血水を流し、まだらに血のかさぶたになっている。証は湿疹後の血虚風襲に属し、風毒が血絡に鬱して進化し“血風瘡”症になった。下方3剤を与え養血涼血と疏風解毒によりまた癒えた。
生地黄・当帰各10g、赤芍・川芎・桃仁・紅花・牡丹皮・紫草・白蒺藜・何首烏・皂角刺・炒荊芥穂各5g、烏梢蛇15g、鮮生姜3片、大棗4枚。

注釈:小児の湿疹は古くから胎毒と謂われ、妊娠中に辛辣な食べ物の過食によって遺された毒が胎児に影響した。出生後、ほとんどが3週間以内に外へ透発するが、まさに成行きをみてうまく導くために、連翹敗毒散合三妙散に土茯苓・白鮮皮(湿熱を冷まし、死肌を治療する)・苦参を増量して用い、升散化湿し清解内毒するこの方法で数百例を治療し、少なければ3剤で多くとも5剤で直ぐに癒えた。重症には虫類薬(全虫・蜈蚣・烏梢蛇)を加えれば入絡して捜風解毒するので止痒の特効がある。本病の治則は清解内毒を以って主となす。滲出液が多い時は、解毒・抜毒・清涼の燥湿止痒散剤を外用として選ぶことができる。もし内毒が取りきれていないで斂瘡塗剤を単独で用いるならば、容易に湿毒を内攻させてしまう。南関鎮の一人の小児が湿疹用の軟膏剤を塗ったら外症は消失したが、3日後の内変が急性腎炎だった。この時やはり連翹敗毒散加麻黄・紅豆で外に透毒すれば遅くはない。残念ながら医者は仔細に検討せず構わずに輸液を注射したが無効であった、そこで太谷に入院し散々苦労したあげく腎臓病の総合症になってしまった。数カ月後余が診察を請われたのでいきさつを尋ねて、そこで連翹敗毒散合麻杏薏甘湯加紅小豆・牡丹皮・紫草を毎回汗で潤うまで服用させると、徐々に小便が多くなり、浮腫や蛋白尿も一日一日と消退して一月余りで全快した。
湿熱は粘膩の邪であり油の入った面のように纏綿として解けにくい。治療した病例の中で升散燥湿の剤を使いすぎることで別の病となった例が出現し、燥化や傷陰の弊害で、これはまた“病ごとに病を治す”の通り。桃紅四物湯で涼血活血・養血潤燥すればこの弊害から免れることができる。

                                  続く


by sinsendou | 2011-08-28 18:42 | 中医火神派①~50

中医火神派 李可老中医医案翻訳 その31

李老中医 危急重症難病治療経験
その31

 十一、重症丁奚疳  
  
  公安局教導員の李風田、姪7歳。1975年4月5日初診:出生後の臍断が綺麗にいかず爛臍となってなかなか治らなかった。その上湿熱を清熱するために解毒の剤を数十剤も過用したために、遂には食欲不振や腹脹、腹には太い青筋、便溏、四肢は痩せ細り頭大きく首筋は細い、顔色は萎黄で髪の毛は枯れて乾き、皮膚は乾燥して縮み丸い顔も皺になり、まるで小さい老人の頭の様である。四肢は温かくなく臍は出っ張り、中心は爛れて臭いのする黄水が流れ、午後には潮熱が出て唇や指が蒼白となり、脈数無力で舌淡白艶なく重症の疳積となってしまった。この症は苦寒の過用で中を傷つけ、中気下陥となって湿熱が化せなくなったことによる。治法は下病上取が宜しく、補中益気湯の内服と化腐生肌斂瘡の品を外用する:
  1.生黄耆60g、当帰・蒼朮・白朮・炙甘草各10g、紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・柴胡・升麻・姜炭各6g、生薏以仁30g、鮮生姜3片、大棗6枚を5剤。
  2.五花竜骨・枯礬・無名異各10gを粉にして、毎日塩胡椒の水で洗浄し乾燥させたものを混ぜ、ガーゼに包み縛る。
  
  4月15日二回目の診察:薬を服用後、7年の頑固な疾病は全て癒え髪の毛ほどの傷跡もなくなった。培補脾腎の方剤を与える:全紫河車1個、紅参・三七・内金・炒麦芽・炒穀芽各30g、合わせて細末にして1.5g、1日2回服用。
  1983年末に訪れるとその子は既に13歳の4年級になっていて、体質は増強し健康な子供と差はなくなっていた。

  注釈:“丁奚疳”は小児の疳積を指し、骨が痩せて柴の様になってその形が“丁”に似た証から由来する。脾腎の虚損により気血が衰退したところから顔色が萎黄或いは蒼白が現れ、低温潮熱や四肢の細小、首が長く骨が露出し、臀部の肉は削げ落ち、腹は張り臍も突き出てそして食が多いと吐き、吐き下してきりがない等の症状で重症の脾疳である。本例の場合は先天の腎気を毀損するまで及び、病状は更に重症である。“疳”は小児科の四大症の一つで、処置を誤れば軽くても小児の成長発育に影響がありちびになるし、重ければ生命に危険が及ぶ。疳を治すのは結核を治すようなもので、熱があっても清熱してはいけない、蒸があっても退蒸してはいけない、脾胃を健やかに保つことで、病を心配するだけでは治らない。

  十二、小児遺尿(二例)

  張××、男、11歳。遺尿5年以上、いろいろな科を回り湯剤丸剤散剤など数え切れないほどの薬剤を服用したが無効であった。顔色萎黄で艶なく食少のうえ精神倦怠、学校から帰ると直ぐに大きないびきをかいて熟睡しめったに遊ばない。脈弱舌淡。その母が言うには:小便に似た臭いがして風を引きやすい。一面では気虚脾弱に見える証の中で、出てきた一条“尿臭”は肝胆湿熱下注のようだ。ただ熱なく痛なく尿色も清でしかも量が多い。《内経》に“中気不足は則ち小便が変と為す”とあり、大体この種の症状を指している。そこで補中益気湯で治療を進める:
  生黄耆30g、当帰・白朮各10g、紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・柴胡・升麻各5g、陳皮0.5g、炙甘草5g、上肉桂3g、鮮生姜3片、大棗4枚。
  上方を連続して7剤服用して癒える。肉桂の意味は膀胱気化の蒸動にあり、縮泉丸や桑螵蛸散を加えないのは、既にいろいろな科で治療を経ているので、当然これらの処方は無用である。補中益気湯は気虚失運の尿閉を治すだけでなく、また気虚不摂の遺尿も治すことができる。経文の中の“変”の字は、正・反両方面の意義を包括していた。
  
某女、19歳、3歳で麻疹を患い高熱が5日も退かず、麻疹の後すぐに遺尿を患い、初めは病気とは思わなかったが小学4年になってもなお毎夜寝床を濡らした。すでに長きにわたり恥ずかしくて口に出せず、病気を隠すあまり医者を避けていて、遂には頑固な疾病になってしまった。今はもう高校3年になってまさに大学を考えようとしたときなので、面の皮を厚くして余に診察を求めた。聞けば幼い時から体が弱くいつも風邪をひいていた。月経の来るのが遅く16歳で初潮、月経前には少腹が絞痛し臍の周りが手のひら大に冷たくなっていた。顔色は蒼白で気が小さく汗かき、四肢は暖まらないし口は渇かず尿は多い、舌淡脈細。証は先天不足に属し、そのうえ病後の失調から腎陽が虚衰して冲任虚寒となり、冷えが膀胱関元に積もってしまった。腎関が不固のため膀胱本来の働きができなくなってしまった。陽虚の病は子の刻に墨を流したように広がり、陽が統束できなくなって遺尿となった。そこで人参四逆合当帰四逆加呉茱茰生姜湯を以って本治となす:
1.附子30g、乾姜20g、炙甘草30g、紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)15g、当帰・通草各30g、呉茱茰15g、桂枝15g、白芍30g、細辛15g、炮甲珠10g、鮮生姜30g、大棗12枚を10剤。
水1,500mlを加え弱火で煮て500mlを取り、人参汁を加え朝晩に分けて服用。
2.呉茱茰・油桂各30gを粉末にして酢を加えて炒め、毎晩臍の中に敷き詰めて貼り、その中に麝香の小さな米粒大1粒を入れ、翌朝には取り除くように、10日間連用する。
上法の内服と外用で3日間は変わらなかった。4日目になると全身発熱を自覚し、臍の内に虫が這うように感じた。その母が触ってみると臍の周りが温かくなっていた。精神は壮健となり食欲も大幅に増えた。その晩は1時頃尿意を催して目が覚めたが遺尿はせず、生まれて初めてのことだった。10日後その症は根本から取り除かれた。次の年大学に入学し夏冬の帰省には必ず我が家に来て感激の情を表した。



                               続く
by sinsendou | 2011-08-17 11:32 | 中医火神派①~50



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